ファムファタール幻想を打ち砕く生身の女 「ストーリー・オブ・マイ・ワイフ」 矢田部吉彦
現代ハンガリー映画界を代表する存在のひとりであるイルディコー・エニェディ監督は、夢を現実のように、そして現実を夢のように描く作家だ。彼女にカンヌ国際映画祭の新人監督賞「カメラドール」をもたらした「私の20世紀」(1989年)では、星がささやき、モノクロ画面とアイリス・イン/アウトを駆使した幻想的なサイレント映画の世界観の中で、性格が正反対の双子の女性の運命がつづられていた。奔放と貞淑を体現するふたりを待ち受けるのはどんな世界だろうか。価値観の転換点となるべき20世紀の到来への現実的な期待と不安を、非現実的なタッチで描くエニェディ監督の鋭利なセンスは、処女長編で十分に感じることができる。 ...
矢田部吉彦
2022.8.25