どうしてプールで溺れるなんて

ある夏の1日の終わり。英国イーストサセックス州のハートフィールドにある「くまのプーさん」のお屋敷であなたは発見されました。プールの底でうつぶせになったままの姿で。

子どもの頃から泳ぎがうまいあなたが、どうしてプールで溺れるなんてことがあるのでしょう。あなたはぜんそく持ちだったから、プールの脇にはいつも吸入器が置かれていたし、それを使い慣れていたはず。
警察の発表によると死因は酒とドラッグ、ということでした。不思議ですよね、あなたは当時ドラッグを断ち、お酒もたしなむ程度だったのですから。

あなたは、1942年2月28日の魚座生まれ。実は私も年は違うけれど同じ日の生まれ。だから余計にあなたの音楽性とファッションセンスの素晴らしさに好意を抱いていました。才能あふれた魚座のあなたには水が似合う。だからといって、なにも自宅のプールでたった27年間の命に幕を下ろすなんて信じがたいし、今でも残念でなりません。

ストーンズを結成した創始者でリーダー

つい先日、あなたの生涯を描いた書物「ブライアン・ジョーンズストーンズに葬むられた男」（95年；ローラ・ジャクソン著）を読み終わり、偶然にもその翌日に映画「Rolling Stone　ブライアン・ジョーンズの生と死」（監督；ダニー・ガルシア）が公開されることを知りました。69年7月2日に謎の死を遂げてから55年もの歳月が流れるのですね。

ブライアン、あなたはローリング・ストーンズを結成した創始者で、リーダーで、ストーンズをスターダムに押し上げた人。60年代を切り開いた中心人物で、白人の枠を音楽の力で打ち破った人。いつもおしゃれで、どんな楽器も手にした瞬間に弾きこなす〝天才〟と騒がれたロックスター。あなたを慕うファンは今も世界中にたくさんいて、謎に包まれた死の原因を解明したい、と思う人が後を絶ちません。

ストーンズに美しい音楽性をもたらしたブルース好きのリーダーのあなたが、求める音楽性の違いからメンバーとの間に徐々にできていく溝に心を痛めて、ドラッグにハマっていく姿は今や伝説です。この映画にはあなたと親しかった人たちが多数登場します。彼らがあなたの不品行と天才性、繊細で感じやすく傷つきやすい性格やオーバードーズにもかかわらず素晴らしい演奏をしたこと、またスコットランド・ヤードの隠蔽（いんぺい）について証言しながら、死の真相を暴き出していきます。

カウンターカルチャーを抑え込もう

当時のあなたは、警察の格好の餌食でした。60年代の警察は、ジョン・レノンを筆頭に時代を象徴するロックスターたちを次々と逮捕して、新しく台頭していくカウンターカルチャーを抑え込もうとしていた。ドラッグ所持であなたは2度逮捕されましたが、2度目の逮捕は完全に警察のでっち上げ。罠（わな）にハマって逮捕されたとき、ドラッグをやめて精神科にかかることを約束して釈放されました。

その頃のあなたは失恋し、警察のトラップにかかり精神状態が悪化していたから、レコーディングに顔を出すことも少なくなっていた。リーダーだったのに、ミックとキースにその座を奪われて、ついにあなたは69年6月8日にストーンズから解雇されてしまいました。

それは悲しい宣告だったけれど、あなたの再出発を促すものだったと私は信じます。当時モロッコの民族音楽に傾倒していたあなたは新しいバンドを作ろうとしていた。脱退の1年前に「くまのプーさん」の著者A・A・ミルンが住んでいたお屋敷を購入し、そこで静かに心身を癒やしながら次のステップに踏み出すつもりでしたよね。それなのに、水の中で永遠の眠りについてしまった。

警察は事実を隠蔽

書籍では名指しで、あなたを殺害した犯人が予想されていましたが、この映画ではその人物の名前が明かされます。93年、その男は死の床で、ブライアンを殺したのは自分だとストーンズのツアーマネジャーに自白したというのです。

2010年に再調査を依頼したものの、警察側にその意思はなく、この件に関する資料は75年間非公開というルールがなぜか適用されている、とこの映画は報じています。

事件の当日、屋敷にいた人たちがどれだけ真実を告げても、警察は事実を隠蔽してしまった。若者たちの見せしめにするために、真実は警察によって封じ込められ、あなたの死はドラッグとお酒に溺れたロックスターの末路として報道されました。

しかし、この映画によって、あなたの肺から検出されたのは、消毒されたプールの水ではなく、真水だったという衝撃の事実が明かされます。ついに隠され続けた死の謎のベールが剝がされ、真実が明るみに出たのです。

人類史に刻まれた美しい財産

55年間、あなたは真実を世界に伝えてほしい、と願っていたことでしょう。だって、プールで溺死なんていうイメージのままでいるのは耐えられないですもんね。

きっと今、あなたはこの映画が公開されたことを喜んで、大空を泳ぎながら、スライドギターやシタール、マリンバなどさまざまな楽器をかき鳴らし、きらめくサウンドをオルフェウスのように天上界に響き渡らせているに違いありません。

ブライアン・ジョーンズ様、あなたの演奏は人類史に刻まれた美しい財産です。あなたの音楽性の素晴らしさは世界が認めています。今もあなたが生きていたら、きっとワールドミュージックの第一人者としてすてきなサウンドを届けてくれていたはず。私は、それを聴いてみたかった。オスカー・ワイルドは「他人の悲劇は常にうんざりするほど月並みだ」と言っていますが、あなたの悲劇は非凡で、天才的でした。どうぞ、安らかに。

敬具

写真【1/58枚】Rolling Stone ブライアン・ジョーンズの生と死

Rolling Stone ブライアン・ジョーンズの生と死

写真【1/58枚】Rolling Stone　ブライアン・ジョーンズの生と死

Rolling Stone　ブライアン・ジョーンズの生と死