「男性映画」とは言わないのに「女性映画」、なんかヘン。しかし長年男性支配が続いていた映画製作現場にも、最近は女性スタッフが増え、女性監督の活躍も目立ち始めてきました。長く男性に支配されてきた映画界で、女性がどう息づいてきたのか、女性の視点や感性で映画や社会を見たらどうなるか。毎日新聞映画記者の鈴木隆が、さまざまな女性映画人やその仕事を検証します。映画の新たな側面が、見えてきそうです。
2022.5.18
女たちとスクリーン⑦ シネマヴェーラ渋谷「毎日フル稼働中です」
内藤由美子支配人に聞く・下 終わらない旅に出た
シネフィルらから圧倒的な支持を集める東京・渋谷にあるシネマヴェーラ渋谷。「毎日フル稼働中」という内藤由美子支配人のインタビュー後半は、新型コロナウイルスによる観客の映画離れ、旧作上映の障壁になる権利問題など名画座が抱える難題にどう向き合ってきたのか。過去の特集上映のエピソードや裏話、日々の上映でのトラブルなど、名画座運営のリアルと苦労を語ってくれた。
シネマヴェーラ渋谷のロビー=松田嘉徳撮影
緊急事態宣言直前、4階から1階まで行列
--コロナ禍が2年以上続き、ロードショー、特にミニシアターの苦境が全国から聞こえてくるが。
地方の映画館などに比べるとうちは常連さんを中心に多くの方が足を運んでくれている。2021年、東京ではゴールデンウイーク直前の4月25日に緊急事態宣言が発出されたが、その前日に「Men&The Guns」というタイトルでアンソニー・マン、リチャード・フライシャー、ジョセフ・H・ルイス監督の特集が始まった。
そうしたら、映画館がある4階から、ビルの1階まで行列ができていた。「閉められたら見られなくなるので、今日のうちに」という人が詰めかけてくれた。うちのような小さな劇場は法律で縛られるわけではないので、悩んだが結局は連休中も通常に近い形で営業することにした。結果的にすごくお客さんが入った。
--長期にわたるコロナの影響は。
暇だから見に行こうという人や買い物がてらという人はいなくなったと思う。「よほど見たいものでないと来てくれないのでは」と考えて、企画に力を入れて作品集めにもこだわり、トークイベントも多く開催するようになった。特集もやや若い人向けのものが増えた。一つ一つそんなに力を入れていたら体がもたないよ、と人からも言われたが、そうしないわけにもいかないので。
安藤昇特集 「本物」がたくさん来た!
--これまでの特集で特に驚いたのは。
15年4月の「祝・芸能生活50周年 安藤昇伝説」ですね。渋谷(が地元)だから、安藤昇をやりたいと思っていたのだが、「本物」がたくさん劇場に来た。映画館の前に集合して整列し、偉い人が来るのを待っている。警察も「大丈夫ですか」と様子を見に来た。
連日、結構な数のそのスジの人が来るので場内の緊張感がすごい。そして、それを知ったお客さんも来て、にぎわいましたね。彼らがヴェーラのチラシを見て「次に何を見るか」って丸を付けてたとか、感想文を提出させられてるらしいとか、怪情報が飛び交いました。
ただ、2時間だまって見ていられない人が多くて、場内からたびたび出たり、上映中に携帯を見たり。そこは毅然(きぜん)と注意もしました。映画ファンにとっても貴重な体験だったようです。「本物と一緒に安藤昇の映画見た」と。
--そういう人、映画好きって聞くけど。
終わった後、よくわかんなかったとか話していた。
大盛況だった「蓮實重彦セレクション ハリウッド映画史講義」で上映されたジョセフ・H・ルイス監督の「拳銃魔」=シネマヴェーラ渋谷提供
北野武特集は全然入らなかった
--うれしかったのは。
「エルンスト・ルビッチ監督」の特集や「蓮實重彦セレクション ハリウッド映画史講義」かな。ものすごくお客さんが入った。
--最初は「北野武」の特集だった。
オープニングの「北野武/ビートたけし レトロスペクティブ」は全然人が来なかった。
--142席とかなりのお客さんが入るがペイしているか。
しているし、しなくなったらやめる。ホワイト企業だから。特集によるけれど、若いお客さんが多い特集は土、日や夜の回が入っている。今年3月から4月の特集「日本の映画音楽家Ⅰ武満徹」の特集は結構お客さんが来てくれたけど、映画音楽家の特集はどのくらい入るか試してみたかった部分もあった。
5月13日まで上映した「アメリカ映画史上の女性先駆者たち」は、私自身がアイダ・ルピノ(監督兼女優)が好きでいつかやりたかった企画で、字幕翻訳者で手伝ってくれる人もいて実現できた。そういう人の力も今後借りていきたい。
シネマヴェーラ渋谷の劇場内=シネマヴェーラ渋谷提供
「ロマンポルノの何がわかるんだ」と言われても…
--過去の作品では上映の権利を持っている人との折衝が必要になるが、権利の所在が曖昧だったり、不明になっていたりする作品も多いと聞くが。
分からなくなっている作品はたくさんある。1980年代や90年代の日本映画は特に多くて難しい。製作委員会方式になっていて、その中の1社が潰れたりしていると上映できないようなケースもある。「日本の映画音楽家Ⅰ武満徹」で上映した「熱海ブルース」(62年)は、監督のドナルド・リチーが亡くなっていたので、知り合いのつてをたどって権利の相続者を見つけて上映許可をもらうことができた。苦労して権利者を探しても、上映できない作品もある。
そんなことをせず、成瀬巳喜男や小津安二郎監督の作品で特集を組むこともできるが、うちのお客さんはもう何回も見ていて、私自身もあまりやりたくない。シネマヴェーラはそうした作品は期待されていない気がする。名画座にはそれぞれの持ち味があって、うちはなかなか見ることができない作品への要求が高いと思う。
--作品選びはずっと続いていく。
いつになったら終わるのか。終わりのない旅、でしょうね。作品探しは毎日続いている。
--観客相手だからトラブルもある。
21年11月から12月の「日活ロマンポルノ50周年 私たちの好きなロマンポルノ」特集の時は「プログラミングが気にくわない」「お前たちにロマンポルノの何がわかるんだ」という意見もSNSではあったようだ。批判はあって当然なので気にはしないです。結果的に集客したし、女性から「良い特集をありがとう」と言われることも多かったので、結果オーライでした。
日常的に起きるのがお客さん同士のトラブルで「支配人を出せ」という場合がある。ある程度話を聞いて共感してあげる。「もう来るな」という対応はあまりしない。女性だと言いやすい、という人もいるので困るが、スタッフは守らなければならないので。ただ、そうしたことに2時間も3時間も取られると後が大変。
日本の古典はフィルムが減っている
--話を戻すが、権利以外の課題、問題は。
名画座(の運営)はこれからもっと難しくなる。特に日本映画は日に日にかけられるフィルムが減っている。フィルムの自然な劣化もあるし、フィルム上映する劇場が減少して配給会社にとってお荷物になっている側面もある。といって、ニュープリント代は高くなる一方でめったに焼けない。この仕事を始めた当初から懸念していたが、将来フィルムの商売は成り立たなくなる可能性はある。できる洋画を増やしていくしかない。いずれは、洋画専門になる時がくるかもしれない。
--今後の方向性は。
誰かに聞きたいくらい。古い映画を上映する所が多くなってきている。ブレッソンとかパゾリーニとかいろいろ。新作よりお客さんが入るから。配信やパッケージに加えてライバルが増えている気がしている。よりマニアックな方向にいくのかもしれないですね。
シネマヴェーラ渋谷
2006年1月14日開館。142席。1本立て上映(入れ替え制)。一般1200円、シニア1000円、会員800円、学生600円。シネマヴェーラ渋谷、ユーロスペース両館の共通会員システムがある(作品によって料金が異なることがある)。
今後の上映予定は、22年6月3日まで「若松孝二初期傑作選」▽6月4~17日「ウクライナの大地から」▽6月18日~7月8日「才気と洒脱 中平康の世界」▽7月9~22日「名脇役列伝Ⅵ中原昌也プレゼンツAge of Go!Eiji!! 郷鍈治の祭り」