毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
「エミリア・ペレス」©2024PAGE114-WHY NOT PRODUCTIONS -PATHÉ FILMS FRANCE2C INÉMACOPYRIGHT PHOTO©ShannaBesson
2025.3.28
この1本:「エミリア・ペレス」 強烈な人間像、重厚に
「預言者」「ディーパンの闘い」「ゴールデン・リバー」などなど、波瀾(はらん)万丈のドラマを描いてきたフランスのジャック・オーディアール監督による、性別も映画のジャンルも国境も超えた、奇想天外な物語。強烈な登場人物と重厚な映像で、驚きの2時間13分である。
弁護士リタ(ゾーイ・サルダナ)はメキシコの麻薬王のマニタス(カルラ・ソフィア・ガスコン)から、巨額の報酬と引き換えに「女性にしてくれ」という依頼を受ける。リタはマニタスの性別適合手術を手配し、その死を偽装。妻のジェシー(セレーナ・ゴメス)と2人の子をスイスに移住させた。4年後、エミリアと名前を変え女性経営者として成功したマニタスから、子供と暮らしたいと懇願される。
ここまでで、映画はやっと半ば。ここからエミリアはマニタス時代に犯した過ちを償おうと慈善事業に精を出し、子どもたちにも愛情を注いで真人間になろうとするが、そう思い通りにはならない。奇想にさらにひねりを加え、次々と様相を変えていく物語を、オーディアール監督はミュージカルの枠に押し込めた。陰影を強調したリアリズムの映像と、様式的でケレン味たっぷりの技巧的画面が交錯し、楽曲に乗った感情は増幅し、とっぴな急展開も勢いに乗って進んでいく。
恵まれない生育環境に加えて性自認でも苦しんだエミリアは、〝本当の自分〟を生きたいと切実に願う。一方リタは、不正義の横行に憤りつつそこに加担する自分にいら立っていたが、エミリアを助けることに救いを求める。暴力と慈愛、愚かさと崇高さ、影と光。混沌(こんとん)の中に人間の業の深さも描き出して、圧巻なのだ。
米アカデミー賞では授賞式直前まで最有力と見られていたのに、メキシコ社会の描写やガスコンの過去の発言が批判を浴びて、賞レースから脱落。ガスコンはトランスジェンダー俳優初のオスカーを逃したが、サルダナは助演女優賞を受賞した。そんな場外の騒動も、映画と呼応するかのようだ。東京・新宿ピカデリー、大阪ステーションシティシネマほか。(勝)
異論あり
「真夜中のピアニスト」「君と歩く世界」などの硬質な犯罪劇、人間ドラマで名高いオーディアール監督が、まさかこんなにもぶっ飛んだ新境地を披露するとは。多様なジャンルをごった煮にして、奇抜なまでに先鋭的なミュージカル場面を盛りつけた映像世界にクラクラさせられる。その半面、物語とキャラクターはよく言えば明快で感情移入しやすく、悪く言えばステレオタイプ。クライマックスのいささか唐突な展開も難点だろう。名匠の〝狂い咲き〟にいろんな意味で驚かされる一作。(諭)
ここに注目
前作の「パリ13区」では女性監督と共同で脚本を手がけ、多国籍なエリアを舞台にした恋愛群像劇を撮ったオーディアール監督。女性の生き方を理想化することなく、自分らしさを求める者たちに寄り添う視線は本作でも健在だ。キャスト陣では、ダンスでも実力を発揮したサルダナのパフォーマンスがとりわけ心に残る。いきなり始まるミュージカル、サスペンス、コメディー、ヒューマンドラマ。ときどき置いてけぼりになりつつ、あらゆるジャンルを詰め込んだエンターテインメントを、最後まで楽しんだ。(細)