シネマヴェーラ渋谷

シネマヴェーラ渋谷

2022.5.02

女たちとスクリーン⑥ シネマヴェーラ渋谷 名画座は宝箱です

「男性映画」とは言わないのに「女性映画」、なんかヘン。しかし長年男性支配が続いていた映画製作現場にも、最近は女性スタッフが増え、女性監督の活躍も目立ち始めてきました。長く男性に支配されてきた映画界で、女性がどう息づいてきたのか、女性の視点や感性で映画や社会を見たらどうなるか。毎日新聞映画記者の鈴木隆が、さまざまな女性映画人やその仕事を検証します。映画の新たな側面が、見えてきそうです。
 

鈴木隆

鈴木隆

■経験ゼロからスタート

内藤由美子支配人に聞く(上) 上映できるものは、全部する

 
新型コロナウイルス禍でミニシアターの苦境が言われて久しいが、東京都内にある名画座はそれぞれ個性的なセレクションで生き抜いている。なかでも、渋谷にあるシネマヴェーラ渋谷は、ミニシアターの老舗で自社ビルでの映画館運営を検討していたユーロスペースと一緒に、2006年1月にオープン。独創的な特集上映で映画ファン、シネフィルからの支持も厚い。開館から16年余り。独自の路線を開拓、定着させたシネマヴェーラの内藤由美子支配人に、名画座としての模索と挑戦、今後の展望などを語ってもらった。上・下2回に分けてお届けする。
 

経験ゼロからスタート

--2006年1月の開館ですが、映画好きのご夫婦が渋谷に新しい名画座を作るというので話題になった。

内藤(篤さん、夫)がユーロスペースの代表取締役、堀越謙三さんと知り合いだった関係で、堀越さんの自社ビル計画に加わる形で始まりました。私たちはもともと映画が大好きで、名画座がなくなっていく状況の中、若者はどうやって古い映画を見るんだろうと考えてました。土地探しから一緒に始めて(今の)この場所を見つけたんです。ただ、当時は子供の受験があったり、夫が大病した後だったり、私も大学院を途中でやめたりとそれどころじゃなくて「勝手にやって」というところもあった。
 
シネマヴェーラ渋谷

--ご夫婦とも映画業界の経験がなかった。

 全くない、ゼロだった。内藤は弁護士で著作権の専門家なのでまんざらド素人ではないが、劇場のことは全く知らなかった。堀越さんに設備とかもお願いしました。
 
--映画好きが映画館を作るって、誰しもうらやましいと思う。

 だと思いますが、やめておいた方がいいですよ。ロードショー館をやることは考えたこともなかった。最初から名画座のつもり。私は中高生のころから高田馬場のACTミニシアターなどに通っていて、その後もニューアカ(デミズム)やバブルのおかげで豊富に映画を見られた世代。
 
銀座の並木座とか文芸座に通うようになると(画面にフィルムの傷の)雨が降ったり、客席の中に柱があったりもした。でも、ああいった感じでは若い人はもう見に来ない。だから(名画座をやるなら)渋谷がいいし、きれいで変な匂いとかしなくて女性も来やすい映画館にしたかった。最初は配給のシステムとか何も知らない素人。好きな作品がかけられたら、とか考えていたが、実際はかけられない。そんな甘くない。ただ、宝箱のような映画館にしたい、と思っていた。
 

2022年5月13日まで開催中の「アメリカ映画史上の女性先駆者たち」の1本「人生の高度計」=シネマヴェーラ渋谷提供

結婚、出産、子育て…それでも見続けた

--どんな映画を見ていたのか。
 
よく見ていたのは、ベルトルッチとかゴダールとかヨーロッパのアート系、ペキンパーやアルドリッチ、中国の第5世代や台湾映画など。日本映画を見始めたのは遅くて30代になってから。両親が映画好きで赤ちゃんの頃から映画館に連れて行かれたらしい。家にはフランシス・レイやニノ・ロータのレコードがあった。中学生のくせにブニュエルとかアントニオーニとか、正直マセてました。
 
女性って、結婚とか出産とかでそういう好きなことが途切れてしまうことが多い。けれど、最後まで残ったのは本と映画で、赤ちゃんがいても内藤に預けて映画を見に行った。子供が体が弱くて行けないこともあったが、できるだけ時間を作るようにした。人生常に忙しいってこと。
 

特に若い世代のシネフィルを増やしたい

--シネマヴェーラがスタートしたときの分担は。
 
最初は内藤がプログラミングをして、内藤の知人が支配人。お客は全然入らなくて。私が最初に手を突っ込んだのは半年ぐらいたってから。まずは、チラシ。あまりにひどかったので、自分で作った。1年後ぐらいから、人事とか、経理とか、劇場の女の子の愚痴を聞くとか、気が付いたら支配人になっていた。当初は日本映画の特集が多かったが、私が時々イタリアや韓国映画の特集を企画した。10年近く前ぐらいから、プログラミングも本格的に私が担当。今は全てにかかわっている。
 
--特集編成の面白さは。
 
例えば、中村登監督。派手な監督ではないが作品のクオリティーは高い。きっかけは海外の映画祭のクラシック部門での上映だったが、「土砂降り」(1957年)や「夜の片鱗」(64年)を見て素晴らしい映画作家と確信した。シネマヴェーラは結局、シネフィルをターゲットにすべきで、それが名画座の宿命だと思うようになっていた。渋谷実監督なども同じで特集上映に多くの観客が足を運んでくれた。
 
私たちはシネコンのTOHOシネマズでかかるようなものと勝負してもどっちみち負ける。少ないかもしれないが、シネフィルを相手に番組を組み、できれば若い世代のシネフィルを増やしていきたい。その方向にもっていくしかないと思う。
 
この監督が〝くる〟とかって、一番は勘。見る機会があまりない監督、でも埋もれたというほどではない監督を選んでました。それから作家主義に徹して、上映できるものは全部上映する。作品を集める大変さはあるけど、やはり見てほしい。映画好きって、面白いと思ったらその監督を追いますよね。そういう観客はまだまだいると確信している。
 

シネマヴェーラ渋谷のロビーに立つ、内藤由美子支配人

満席が続いたルビッチ特集

--洋画の方は。
 
雑多な作品を「映画史上の名作」でくくって始めてみた。最初は内藤が大量に買った16ミリフィルムで、途中からデジタル素材でも上映するようになった。それを続けていくと、監督や俳優でくくれるくらい作品がたまる。私自身、ある監督の映画を見て、その監督についての本を読んで、を繰りかえすのが好き。例えば、エルンスト・ルビッチ監督の本を国書刊行会が出すと聞いて、原稿を読ませてもらう。うちにある作品リストを作ったらかなり本数があって、刊行記念特集をしてみたら、毎回満席が続く盛況ぶり。ルビッチで味をしめて、ハワード・ホークスやフリッツ・ラングなどにつながりました。
 
--映画史上の名作は16回、フィルムノワールも定期的に特集している。
 
ここ数年、1年のプログラムを決めるときは、年末年始、春休み、ゴールデンウイーク、夏休み、シルバーウイークの、一般的にお客さんが増えるときにこうした洋画の特集を入れている。春休みには、例えば、フレデリック・ワイズマンとか学生受けする特集をかける。その間を主に邦画でつないでいくやり方。今は邦画と洋画、ほぼ半分くらいだが、洋画の特集が少し多いくらいになっている。

■シネマヴェーラ渋谷

2006年1月14日開館。142席。1本立て上映(入れ替え制)。一般1200円、シニア1000円、会員800円、学生600円。シネマヴェーラ渋谷、ユーロスペース両館の共通会員システムがある(作品によって料金が異なることがある)。
上映予定は、2022年5月13日まで「アメリカ映画史上の女性先駆者たち」▽5月14日~6月3日「若松孝二初期傑作選」▽6月4~17日「ウクライナの大地から」▽6月18日~7月8日「才気と洒脱 中平康の世界」

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。