本当の僕を教えて Netflixで独占配信中

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2022.5.29

オンラインの森:「本当の僕を教えて」双子の兄が記憶喪失の弟に植え付けた偽の思い出

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

村山章

村山章

 NETFLIXオリジナル作品として配信されているドキュメンタリー「本当の僕を教えて」は2019年に発表された。最初に鑑賞してからずいぶんたつが、あまりにも尾を引く静かな衝撃から、いつまでたっても抜け出せる気がしない。「事実は小説より奇なり」という使い古された文句も、このダークでミステリアスなノンフィクションを前にすればたちまち息を吹き返すだろう。
 

事故で家族を忘れた青年

イギリスに、マーカスとアレックスという双子の兄弟がいる。アレックスは18歳の時に交通事故で病院に運び込まれ、3カ月間の昏睡(こんすい)から目覚めた時には、双子の兄マーカス以外の記憶がすべて失われていた。
 
アレックスにはマーカス以外の家族は他人としか思えず、退院して帰った自宅が見覚えのない大豪邸であることにも驚く。途方に暮れるアレックスに、兄のマーカスは歯ブラシの使い方から教え直し、子供の頃の思い出を聞かせてやる。そしてアレックスはマーカスの記憶を自分のものとしてつなぎ合わせることで、失われた18年間を取り戻そうとするのだ。
 
ドキュメンタリーは、大人になったアレックスとマーカスがそれぞれにカメラの前で語り、2人の証言を再現映像にすることで進行していく。アレックスのおぼつかない記憶とシンクロするように、映像はどこかピントがボケていて、薄ぼんやりとした夢の迷宮に迷い込んだような不穏さがある。
 

母親の死をきっかけに真相が明らかに

そして十数年がたち、なんとか立て直したはずのアレックスの人生は、母親の死によって再び瓦解(がかい)する。アレックスは葬式で、自分以外の兄弟が誰一人悲しんでいないことに気づく(ドキュメンタリーではマーカス以外の兄弟の存在はカットされているが)。そして判明したのは、マーカスから授かった幸せな家族の思い出が、すべてマーカスの作り話だったという信じがたい事実だった――。
 
一体どうして、兄のマーカスは偽の記憶を植え付けようとしたのか? アレックスは真実を知りたいと迫るが、マーカスは決して口を開こうとしない。マーカスにとっては、弟を守るためにも自分を守るためにも、是が非でも隠し通したい忌まわしい秘密があったのだ。さらに歳月が過ぎて、54歳になった双子は、この映画を契機に封印していた記憶の扉を開けるのである。
 
ここでは詳細は伏せるが、映画はあまりにも過酷な児童虐待と性被害の実体に踏み込んでいく。〝スウィンギングロンドン〟と呼ばれた狂騒の時代を生きた親たち世代が抱える闇が、双子の人生にも取り返しのつかない影を落としていたのだ。直接的な表現はないが、見る人によってはフラッシュバックを引き起こす可能性がある題材であることは明記しておきたい。
 

個人の体験を普遍的な問いかけに昇華

しかし本作のエド・パーキンス監督は、決して人を気鬱にさせるために本作を作ったのではない。兄弟は13年に自分たちの顚末(てんまつ)を回想録として発表しているのだが、パーキンス監督に辛抱強く説得されて、回想録のさらに一歩先へと進むためにドキュメンタリーへの出演を承諾したという。
 
秀逸なのは、アレックスとマーカスがそれぞれ一人きりになってカメラに向かって話す撮影スタイル。インタビュアーに質問されたり誘導されたりするのではなく、自分のタイミングを探りながら訥々(とつとつ)と語る姿からは、自分自身と向き合おうとする苦闘と真摯(しんし)さが伝わってくる。遠い異国の他人が複雑かつ苦悩に満ちたプライベートをここまであけすけにシェアしてくれることに戸惑う一方で、彼らの勇気に心を揺さぶられずにはいられない。
 
そして第3幕にあたる終盤で、ついに双子が向かい合って座り、積年の思いをぶつけ合う。それは彼らが本当の人生を取り戻すための儀式であり、われわれは息をのんで見守ることしかできない。85分の上映時間とは思えないくらい消耗を強いられる作品だが、映画とは品位を保ったまま、かくも個人的な体験を、切実で普遍的な問いかけに昇華させることができるのだ。パーキンス監督とアレックスとマーカスが、この映画を作ってくれたことに深く感謝している。
 
Netflixで独占配信中。

ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。

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