「カサンドロ リング上のドラァグクイーン」より © AMAZON CONTENT SERVICES LLC

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2023.10.02

メキシコの人気プロレスラー、サウル・アルメンダリスの生き様を描いた伝記ドラマ「カサンドロ リング上のドラァグクイーン」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

マーベル・シネマティック・ユニバースの「ウェアウルフ・バイ・ナイト」(2022年)の主役に抜てきされた、世界的に人気のメキシコ人俳優ガエル・ガルシア・ベルナル。彼製作総指揮兼最新主演映画「カサンドロ リング上のドラァグクイーン」が、9月22日よりAmazon Prime Videoで独占配信中だ。
 
ガルシア・ベルナルが演じたタイトルロールのカサンドロは、18年にマリー・ロジェ監督のドキュメンタリー映画「ルチャ・リブレの女王 カサンドロ」も作られた、メキシコの人気プロレスラー。本作は、ゲイの青年サウル・アルメンダリスがカサンドロという大スターになるまでを描く、伝記映画である。
 

万年負け役レスラーだったサウルが一念発起の末、再生するまでを描く

 1970年にアメリカで生まれたサウルは、80年代後半に両親の故郷メキシコでレスラーとして活動し始めた。「ルチャ・リブレ」(メキシコのプロレス)の「ルチャドール」(レスラー)には「テクニコ」(善玉)、「ルド」(悪玉)のほかに、「エクソティコ」(変わり者)と呼ばれるドラァグ・レスラーが存在する。サウルはもともと覆面レスラーのルドだった。
 
「カサンドロ〜」は、リングが組まれたガレージでの試合のシーンで幕を開ける。カメラが右に横移動して、物悲しい会場の風景をこちらに伝える。カミングアウト済みのサウルは、仲間や観客から「オカマ」と嘲笑され、「へたれ役」として試合に完敗し、肩を落として会場を後にする。サウルを追うようにカメラが左に横移動すると、リングの上ではエクソティコのレスラーが「オバサン」とやじられ、「いつものように」試合に負けて終わる。そう、エクソティコも万年負け役なのだ。
 
愛する母親とサウルの暮らしは、決して楽ではなかった。このまま負け役に甘んじていたら、一生生活は苦しいままだ。恋人のレスラー「エル・コマンダンテ」(司令官)ことジェラルドは、妻子持ちのクローゼット・ゲイなので、この恋が祝福されることはおそらく一生ない。サウルの母親が愛人であり、いまだに父親に未練がましいことも、サウルの立場にどうしたって重なってしまう。
 
そこで一念発起したサウルは、猛練習の末に「負けない」エクソティコのカサンドロとして再生した。マスクを外し、メクを施し、ラテン・バージョンの「I will survive」(Celia Cruz)を入場曲に、毅然(きぜん)とした態度でリングに降り立つ。どんなに下劣なブーイングを浴びてもユーモアで受け止めて、それを輝きに変えていく。
 
男らしさを是とするルチャ・リブレの世界で自分らしさを発揮できなかったサウルは、「負けないエクソティコ」というルチャの掟(おきて)破りを実力行使で実現した。今まで一度も勝てなかった巨人レスラーに対し、愛嬌(あいきょう)のあるパフォーマンスと俊敏な動き、高いテクニックを駆使して善戦した夜、観衆は勝者ではなくカサンドロに魅了されたのだ。
 
勝ち星を重ねるにつれ、メクが濃くなり、脇毛をり、コスチュームが豪華になり、カサンドロがどんどんゴージャスになっていく。やはり盛り上がるのが、スターダムをけ上がる様子をモンタージュで描くシーンだ。そこで流れる「Fever」(LA LUPE)ほか、ブロンディーの「Llámame(Call me)」やバカラの「誘惑のブギー」など、要所要所で流れる女性シンガーの強めの曲に、こちらの闘争心も湧いてくる。
 

本作の演技がガエル・ガルシア・ベルナルの現時点のベストアクト

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの「アモーレス・ペロス」(00年)とアルフォンソ・キュアロンの「天国の口、終わりの楽園。」(01年)という、後に大監督となる2人の初期作品で注目を集めたガルシア・ベルナルは、英語作品にも出演し、世界的なスターとなった。
 
アート系、メジャー系、エンタメ作品、社会派とさまざまな作品に出演してきたが、本作が彼の現時点でのベストアクトと言っていいだろう。大技部分は多少の吹き替えもあるかもしれないが、40歳を超えているとは思えないリング上での動きには頭が下がるし、相手を挑発し会場を巻き込むパフォーマンスにおいて、彼の華のあるカリスマ性が大きな武器になっている。
 
サウルはカサンドロになることで、自分らしさや強さを手に入れて、人々に勇気を与える存在となった。ガルシア・ベルナルはこの人物を演じることで、カサンドロのパワーやメッセージを拡散する。
 
「カサンドロ リング上のドラァグクイーン」はAmazon Prime Videoで独占配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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