ロサンゼルスのネットフリックスオフィスには「イカゲーム」のオブジェが=中村真夕撮影

ロサンゼルスのネットフリックスオフィスには「イカゲーム」のオブジェが=中村真夕撮影

2022.11.16

Netflixの「イカゲーム」御殿 ハリウッドがアジア系に熱い視線:AFMリポート 中村真夕(映画監督)

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

中村真夕

中村真夕

今、ハリウッドではアジアの勢いで盛り上がっている。ロサンゼルスにあるネットフリックスのオフィスは韓国の人気シリーズドラマ「イカゲーム」御殿になっていて、映画では、アジア系アメリカ人ダニエル・クワンが共同監督の一人で、60歳のミッシェル・ヨーが主演でキレキレのアクションを披露する「Everything Everywhere All at Once」(2023年3月日本公開予定)や、日本でも公開中の韓国人のコゴナダ監督の「アフター・ヤン」など、アジア系クリエーターたちの勢いが止まらない。
 

「親密な他人」のセールスエージェントと。中央が筆者

オスカー獲得「パラサイト」が字幕映画に道開く

私は、21年の東京国際映画祭企画マーケットで優勝したご褒美で、今年11月1日からアメリカ最大の映画マーケット、アメリカンフィルムマーケット(AFM)に研修に行ってきた。研修では世界中から集まった十数人の監督とプロデューサーたちが、それぞれの企画のピッチ(プレゼンテーション)を徹底的に勉強し、どのようにハリウッドで映画作りができるかを学ぶというものだった。海外、特にアメリカでは企画の概要を2分程度でプレゼンして、出資者やプロデューサーに企画に対して関心を持ってもらうということが重視されている。AFMの中でもピッチコンテストが開催されるぐらいだ。
 
3年ぶりのリアル開催となったマーケットは大変にぎわっていた。しかしコロナ禍の影響か、日本や中国の映画会社の参加は少なかった。私の監督作「親密な他人(英題:Intimate Stranger)」は、ロスがベースのアジア系アメリカ人たちが運営するEST Studiosという会社によってAFMで海外セールスされている。AFMでは、若い中国系の女性たちが熱心に私の映画をセールスしてくれていた。


「イカゲーム」御殿化していたロサンゼルスのネットフリックスオフィス=中村真夕撮影

私はニューヨーク大学大学院の映画科を卒業し、アメリカで8年間暮らしたが、今ほどアジア系の監督たちが注目されている時はないと思う。昔、アメリカの観客は字幕付き映画を敬遠する人が多かった。しかし、20年に韓国のポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」が米アカデミー賞で4冠を受賞した頃から、字幕付きの映画を見る客層がぐんと増加した。そして昨年、「イカゲーム」の世界的な大ヒットにより、アジアのドラマや映画、特に韓国の作品が注目され、アメリカでも広く見られるようになった。


 

マイノリティー育てる機運の高まり

また今、アメリカでは大手の映画スタジオや配信会社が「inclusion policy」(マイノリティーを積極的に採用する方針)を進めていて、女性、LGBTQ、有色人種のクリエーターたちを優遇し、育てようという機運が高まっている。以前はアフリカ系やラテン系が中心だったが、ここ数年は韓国ドラマや映画の成功のおかげか、特にアジア系クリエーターたちに注目が集まっている。昨年、中国人の女性監督、クロエ・ジャオが「ノマドランド」で米アカデミー賞を3冠受賞したことも大きかった。


アカデミー映画博物館の展示=中村真夕撮影
 
今回の旅でアメリカの映画業界が意識的に変わろうとしているなということを強く感じたのは、米アカデミーが運営するAcademy Museum of Motion Picturesを訪れた時だった。白人中心ではなく、アフリカ系やラテン系、そして女性監督たちの視点から、アメリカの映画史を語ろうとしていることが印象的だった。
 
展示は時系列ではなく、ランダムになっていて、ラテン系女性監督パトリシア・カルドーゾの「Real Women have Curves」が、女性クリエーターたちのコラボでどのように成立したかを紹介したり、#MeToo運動とハーベイ・ワインスタインの没落についての展示があったりと、スタンダードな映画史ではなく、今の情勢を反映ながらアップデートしていこうという姿勢が感じられた。


 

内向き志向の日本 人材育成が必要

一方、日本人監督や邦画の影響力は薄れている印象だった。ニューヨーク大学大学院の先生に聞くと、中国人や韓国人の留学生はたくさんいるが、私が学んでいた数十年前以来、日本人留学生はほとんどいないと言っていたのが気になった。日本は自国で映画のマーケットがある程度、成立しているせいか、内向き志向が強くなっていると思う。円安の影響もあり、全体的に海外に留学しようという若者も減少している。
 
海外で邦画が再び注目されるためにも、韓国のようにグローバルなマーケットを目指した映画作りと、そして海外にも通用する映画製作者の人材育成が必要なのではないかと、今回の研修で痛感した。
 

 

ライター
中村真夕

中村真夕

なかむら・まゆ 映画監督。ニューヨーク大学大学院で映画を学び、フィクション、ドキュメンタリー映画とボーダーレスな活動を続ける。最新作「ワタシの中の彼女」が2022年11月26日より渋谷ユーロスペースで公開される。