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2024.11.19
自分の過去が暴かれるかもしれない恐怖を描くスリラー「ディスクレーマー 夏の沈黙」
アルフォンソ・キュアロン監督が初めてドラマシリーズ全編でメガホンをとった最新作「ディスクレーマー 夏の沈黙」が、AppleTV+にて配信中だ。
仕事で成功したジャーナリスト、キャサリンを「キャロル」、「TAR ター」のケイト・ブランシェットが演じ、とある作家不明の小説が届いたことにより彼女の人生が狂っていく様子を描いたシリーズだ。
ケイト・ブランシェット、ケビン・クラインら実力派俳優たちの競演
キャサリンには良きパートナーであるロバート(サシャ・バロン・コーエン)と息子ニコラス(コディ・スミット=マクフィー)がいるが、ニコラスとの関係はギクシャクしている。そして、そんなキャサリンを〝息子ジョナサンの死にかかわった人間〟として憎悪をあらわにする夫婦スティーブン(ケビン・クライン)とナンシー(レスリー・マンビル)が現れる。キャサリンの心は、ふたりの登場によって追い詰められていくのだ。
キャサリンの家族とスティーブンの家族、それぞれの家族の現在と過去という四つの物語が同時に並行した状態で語りかけてくる今作のストーリーテリングは、まるでそれぞれの物語が一本一本の糸として複雑に絡み合い、ひとつの布や服になっていく編み物のように思える。
現実における人間関係もまた同じ。我々には巻き戻せない過去があり、過去の影響を受けて生じた現在の行動や心情の変化があり、そしてそのような過去・現在が他人にも同じように存在する。それぞれがバタフライエフェクトのような影響を与え合って複雑に構築されていくのが我々の人生、我々の世界だ。
そうしていくつかの人生が複雑に絡まり合った物語は我々にとっても一見複雑でありながら、今作を見ていると意外なほどわかりやすく、自然とのみ込めるようになっている。これはひとえにキュアロン監督の物語の構成、伝え方が巧みだからにほかならない。
たとえば甘美で罪深い回顧録のような雰囲気で書かれた〝謎の小説〟パートの映像からは、あからさまなトランジションエフェクトによって無機質な現実に戻ってくるのが今作のお決まり。そのエフェクトが挟まることで小説のフィクション性が強調され、メリハリがついている。
アルフォンソ・キュアロン監督による丁寧な心情描写
これまで「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」「ゼロ・グラビティ」といった壮大な冒険譚(たん)から、「ROMA/ローマ」などのリアルに寄りそうヒューマンドラマ映画まで、幅広い作品を手がけてきたキュアロンだが、彼は2時間前後の映画であっても丁寧に登場人物の心情の揺れ動きを観察し、キャラクターに寄り添う脚本づくりを入念にこなしてきた監督だ。
そんなキュアロンが全7話にわたるシリーズ作品を手がけたともなれば、その心情描写がより深みを増すことは自明。彼はそれぞれのキャラクターの焦燥、当惑、憎悪、怒り、悲哀、愛情といった感情を余すことなくくみ取ることで、物語を構成するミクロな各要素にスポットを当て、それと同時に複数の人間が織りなす大きなスリラードラマというマクロな全体像も衝撃を伴って描き上げることに成功している。これはキュアロンならではの丁寧な心情描写と、ドラマシリーズという長尺のフォーマットがかけ合わさったことで実現したクオリティーといえよう。
そして、その〝丁寧な心情描写〟を具現化させたのが、錚々(そうそう)たる豪華出演陣。過去に米アカデミー賞の演技賞を2度獲得し、ほかに6回ノミネートされているケイト・ブランシェット、「ワンダとダイヤと優しい奴ら」(88年)で同賞助演男優賞を受賞しているケビン・クライン、同賞助演男優賞と助演女優賞にそれぞれ1回ノミネートされたコディ・スミット=マクフィーとレスリー・マンビル、同賞助演男優賞、脚本賞、脚色賞にノミネートされたサシャ・バロン・コーエンという、圧倒的な実績を誇る盤石な布陣によるまさに〝演技合戦〟が展開された。
感情をかき乱される、エモーショナルな作品に
今作には最初から最後までキャラクターの感情がかき乱され、押しつぶされるようなシーンが多いが、撮影スタイル自体は静かで、大げさな演技もない。それでも我々観客がキャラクターと一緒になって感情をかき乱され、押しつぶされるほどエモーショナルな作品に仕上がったのは、圧巻のキャスト陣の魂の乗った演技のたまものだ。
魂といえば、ケイト・ブランシェット演じるキャサリンの若年期を演じ、決してブランシェットとビジュアルがうり二つというわけではないにもかかわらず、確実に同じ魂が宿った演技を残したレイラ・ジョージの演技も非常に印象的だ。
元々AI(人工知能)技術を使ってブランシェットが演じるはずだったところ、AI技術を使用することへの違和感からキュアロンとブランシェットが別のキャストを探すことにしたそうだが、レイラ・ジョージはブランシェットが演じるキャサリンを見事に自身のキャラクターとして昇華しながら、〝小説のキャサリン〟と〝記憶のキャサリン〟という同じ姿でも異なる人物を演じ分ける役割をまっとうし、物語のキーとなる小説パート、回想パートに説得力を持たせた。
今作は〝ひとりの人間の認知できる現実の限界〟を改めて感じさせる物語だ。レイラが演じ分けた〝解釈と事実〟の違いもその一例だが、無数の人々の人生物語が織り混ざってできた、身の回りの世界全体の物語を、すべて把握できる人間はいない。人々は自分の信じたい方向へ、自分の知識・観察によって把握できる範囲でしか、世界を思い描けない。ある人間にとっての現実が、相手にとって現実とは限らない。そんな〝現実の揺らぎ〟に対面した人間たちの感情の揺れと、それによって崩れ去ってしまう幸福を、名匠キュアロン監督と豪華キャストは「ディスクレーマー 夏の沈黙」で描き上げてみせたのだ。
「ディスクレーマー 夏の沈黙」は、AppleTV+にて配信中。