「ゾディアック」© Warner Bros. Entertainment Inc. and Paramount Pictures Corporation

「ゾディアック」© Warner Bros. Entertainment Inc. and Paramount Pictures Corporation

2022.2.20

勝手に2本立て 「ゾディアック」新橋のタクシーと殺人事件

毎回、勝手に〝2本立て〟形式で映画を並べてご紹介する。共通項といってもさまざまだが、本連載で作品を結びつけるのは〝ディテール〟である。ある映画を見て、無関係な作品の似ている場面を思い出す──そんな意義のないたのしさを大事にしたい。また、未知の併映作への思いがけぬ熱狂、再見がもたらす新鮮な驚きなど、2本立て特有の幸福な体験を呼び起こしたいという思惑もある。同じ上映に参加する気持ちで、ぜひ組み合わせを試していただけたらうれしい。

髙橋佑弥

髙橋佑弥

事件に絡め取られた人生を味わう

 
なにぶん初回ゆえ、個人的な思い出から始めたい。
 
それは8年前のことだった。私はまだ高校に入学したばかりで、今はなき新橋文化劇場に来ていた。お目当てはブライアン・デ・パルマの「ブラック・ダリア」(2006年)で、プログラムは「世界を震撼させた殺人事件映画2本立て」。併映のデヴィッド・フィンチャー監督作「ゾディアック」(07年)は、すでに一度見たことがあったが、正直なところ、それほどよい印象がなかった。

〝お目当てでない方〟にのめり込んだ

しかし数時間後、2本立てを見終えた頃にはすべての印象が塗り変えられていた。肝心の「ブラック・ダリア」に退屈を覚えるいっぽうで、かつて冗長と感じた「ゾディアック」には椅子から身を乗り出してのめり込むことになったのだ。かつて「よい印象がなかった」のと同じ映画のはずなのに、1度目とは全く違って見えた。目が覚めるようなような忘れがたい体験だった。これ以前も以後も、多くの映画を映画館ないしそれ以外の場所で見てきたにもかかわらず、あまり記憶力がよくない私にとって覚えていることは限られているけれど、この日の感覚だけは今も鮮明である。結局、この日は朝一番の回を見て帰る予定を変更し、1日中そこにいた。「ブラック・ダリア」で仮眠をとりつつ、繰り返し「ゾディアック」を味わった。
 
まばゆいばかりの黄色が際だつタクシーが、賑やかな夜の街から次第に人気のない通りへと進んでいく。われわれの耳に届くのはカーラジオで、車内の会話はわからない。そんな様子が上空からの俯瞰(ふかん)視点で捉えられ、車がおもむろに路傍に停まったかと思ったら、画面は切り替わって車内へ、そして突如銃撃! ……この頭にこびりつくような忘れ難いタクシー殺人場面から「ゾディアック」は本格的に始まる。〝始まる〟といっても、この場面があるのは映画が始まってからすでに30分ほど経過した時点だし、本作が描いている現在に至るまで未解決の「ゾディアック事件」において、このタクシー殺人は最後の犯行とされているわけで、あらゆる点でおかしいはずだが、嘘はない。というのも、本作の関心は事件そのものよりも、事件に絡め取られた人間たちの人生にあるからだ。
 
ゾディアック事件は、犯人からの暗号付きの挑戦的直筆手紙が新聞社に届けられ掲載を迫ったことでも知られているが、そんななかの一社「サンフランシスコ・クロニクル紙」の記者エイヴリー(ロバート・ダウニーJr.)、そして新聞掲載風刺漫画家グレイスミス(ジェイク・ギレンホール)のふたりは、事件への興味から調査をするなかで次第に取りつかれたようになっていき、また事件を担当する刑事ふたりも同様に、闇の中を手探りで歩くような先の見えぬ捜査のなかで疲弊していくことなる。たとえ犯行がやんでも、彼らの捜査/探求は終わらない。事件への執着が、人生を浸食し、一変させてしまう。多くの映画では、たとえ困難があったとしても最終的には事件は解決されて終わる。しかし、〝現実〟ではそうはいかない。多くの人が事件のことを頭の片隅に追いやったあとも、彼らの呪縛は続くのだ。本作は、そんな地平を描いている。

 

「警視庁物語 逃亡五分前」©東映

無駄ない描写で事件解決まで60分 「警視庁物語 逃亡五分前」

今回「ゾディアック」を見返す契機となったのは、昨年末にある1本の旧作日本映画を見たからだ。その作品「警視庁物語 逃亡五分前」(1956年)もまた、鮮烈なタクシー殺人場面から始まるのである。監督は東映で活躍した職人・小沢茂弘で、上映時間わずか60分という驚くべきタイトさ。2時間半以上費やして未解決事件にとらわれた者たちの徒労を追体験させるフィンチャーとは正反対に、こちらは刑事たちの地道な捜査の集積が手がかりを結びつけ解決に至るまでが、惚(ほ)れ惚れするような無駄のなさで描かれる。続けて見れば、ゾディアック事件の未解決に起因するモヤモヤの解毒にぴったりだろう。
 
対照的な2作だが、全編を貫く緻密な描写は共通している。事件当時はまだ幼かったものの、 犯人の脅迫文にある「通学バスを狙う」という内容もあってか、恐怖が刻み込まれたという監督フィンチャーのこだわりで、事件関係者への徹底した取材を基に場面を構築したのが前者なら、じっさいに警視庁鑑識課(のちに広報課)に勤務しつつホンを書いていたという驚くべき経歴を持つ脚本家=長谷川公之が、当時の犯罪映画の荒唐無稽ともいえる捜査描写への不満から、自身の経験に基づいて〝リアルさ〟を志向した結果が後者だ。前者ほど直接的な参照ではないものの、後者も実際に起きた「深川自動車強盗殺人事件」をベースにしている。
 
余談だが、「警視庁物語 逃亡五分前」でタクシー殺人は2度起きる。1度目は深川、そして2度目は〝新橋〟だ──。単なる連想で並べた2作だが、ただならぬ縁を感じないでもない。
 
「ゾディアック」「警視庁物語 逃亡五分前」とも、U-NEXTにて見放題で配信中。

ライター
髙橋佑弥

髙橋佑弥

たかはし・ゆうや 1997年生。映画文筆。「SFマガジン」「映画秘宝」(および「別冊映画秘宝」)「キネマ旬報」などに寄稿。ときどき映画本書評も。「ザ・シネマメンバーズ」webサイトにて「映画の思考徘徊」連載中。共著「『百合映画』完全ガイド」(星海社新書)。嫌いなものは逆張り。

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