「AIR/エア」はPrime Video で独占配信中。

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2023.5.13

ジョーダン全盛期の米国で青春を過ごした経済記者の「AIR/エア」 スニーカーの概念を変えたイノベーションの物語

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

山口敦雄

山口敦雄

今から30年近く前、高校時代をアメリカの南部テネシー州で過ごした。その1990年から93年は、マイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズが米プロバスケットボールリーグ(NBA)ファイナルで3連覇した時代だ。そんなジョーダン全盛期のアメリカを知る私にとって、「AIR/エア」は、まさに「ツボ」だった。
 
 
 

ショッピングモールが楽しみだったテネシーの週末

大自然に囲まれたテネシー州での寮生活では何もすることがない。野球やバスケットボールに興じる以外は、本ばかり読んでいた。週末にイエローバスに乗り、1時間ほど硬いシートに揺られながら行くショッピングモールが楽しみだった。モールに着くとスポーツシューズ専門店に直行したものだ。当時、最も人気が高かったのが、ナイキが発売するマイケル・ジョーダン専用のバスケットボールシューズ(バッシュ)「エアジョーダン5」だった。
 
テネシー州はのどかで、敬虔(けいけん)なクリスチャンで心優しい古き良きアメリカ人といった人が多かった。一方で南部はもともと人種の壁の厚い地域でもあった。当時、テネシー州の田舎町でも教会は黒人と白人で別で、スーパーに行く時間も暗黙のうちに分けられていた。友達と町を歩いていて雑誌を投げつけられるなど怖い経験もした。
 

エアジョーダン求め長蛇の列

そのような時代にマイケル・ジョーダンは、華麗で闘争心あふれるプレースタイルで人々を魅了し、黒人、白人といった人種の壁をはるかに超えて尊敬を集めるスーパースターだった。エアジョーダンは当時でも高価でなかなか手が届かなかったが、それでもニューモデルが発売されるとスポーツシューズ専門店には長蛇の列ができた。
 
エアジョーダンはバッシュを、それまでの〝バスケットボールをするための靴〟から、〝おしゃれなストリートファッション〟に変えた。そして「マイケル・ジョーダンのようになりたい」という人々の思いを代弁するアイコンとなった。
 

ナイキのバスケ部門 起死回生の一手

「AIR/エア」は、ナイキがエアジョーダンブランドを立ち上げるまでの舞台裏を描く。84年、ナイキのバスケット部門は米コンバース、独アディダスに次ぐ3番目のシェアだった。ナイキはジョギングシューズのイメージが強く、バッシュでは後発。バスケ部門は閉鎖の危機にあった。その中でナイキが考え出したのが、マイケル・ジョーダンの名を冠した「エアジョーダン」の開発だった。マイケル・ジョーダンはNBAでの活躍歴はなく、彼自身もアディダス好きを公言するなど、不利な条件がそろっていた。前代未聞の挑戦をいかに成功に導いたかを明かしていく。
 

消耗品から投機対象へ 初代モデル400万円

結果的に、エアジョーダンはシューズの業界地図を変えた。マイケル・ジョーダンの活躍もあって、エアジョーダンは爆発的な人気となる。バスケ部門でナンバーワンのシェアを誇っていたコンバースは2001年に経営破綻し、03年にナイキの傘下に収まった。
 
エアジョーダンはマイケル・ジョーダンの引退後も販売が続いており、2022年9月に発売された「エアジョーダン37」が最新モデルだ。1997年にはナイキの中で独立したブランドとして「ジョーダン・ブランド」が誕生し、バッシュの他、アパレルなども発売している。レイカーズの八村塁ら現役のスター選手たちがエアジョーダンを着用し、ジョーダンの伝統を引き継いでいる。日本でも人気で、23年3月、東京・渋谷にジョーダン・ブランド専門店としてミラノに次いで2店目の海外展開となる「Jordan World of Flight」店が開店した。
 
エアジョーダンという商品は、スニーカーを消耗品から投機の対象に変えた。かつてスニーカーはただ履いて、ボロボロになったら捨てるだけだったが、今ではレアものが高額で転売されるお宝となった。中でもエアジョーダンはその希少性から人気だ。アメリカの売買サイトの「ストックX」をみると、1985年の「エアジョーダン1」が発売当時65ドル(約9000円)だったものが、400万円を超えて取引されている。


 

80年代アメリカの空気に胸熱く

実は映画を見る前、ハリウッドによくある予定調和のサクセスストーリーかと高をくくっていた。ところがこれは、ナイキが収益の柱の一つになる商品をいかに開発したかというイノベーション(技術革新)の物語。そして80年代のアメリカに戻ったかのような気分も味わえる。当時アメリカ市場を席巻したソニーのブラウン管テレビや、物語後半に流れるシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」など、40代後半の私には「ジーン」と来るものがあった。
 
バスケットボールでは、試合終了を告げるブザーが鳴るタイミングで放たれて決まるシュートを「ブザービーター」と呼ぶ。NBAの試合でマイケル・ジョーダンが放ち勝利を決めたブザービーターをテレビで見たことがある。シュートの瞬間に「時間が止まる」といった不思議な感覚になり、ジョーダンの手からボールが離れ、リングの中に吸い込まれていった。まさに神がかった瞬間だった。最後の最後まで諦めてはいけない――。そのようなメッセージがこの映画の中に込められている。こう書いていると、もう一度、映画を見たくなってきた……。
 
「AIR/エア」はPrime Video で独占配信中。
©Amazon Studios 

ライター
山口敦雄

山口敦雄

やまぐち・あつお 毎日新聞経済部記者。1974年生まれ。明治学院大法学部卒、同大大学院経営学修士。ビジネス誌「週刊エコノミスト」編集部記者、毎日新聞出版図書第二編集部編集長、学芸部記者を経て経済部。経済部ではメガバンク、財界、デジタル庁などを経て、ビジネスサイト「経済プレミア」を担当。著書に「楽天の研究」(毎日新聞社)がある。

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