「レプタイル -蜥蜴-」より Netflix ©2023

「レプタイル -蜥蜴-」より Netflix ©2023

2023.10.23

ベニチオ・デル・トロの魅力がブーストしたクライムスリラー「レプタイル-蜥蜴-」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

ベニチオ・デル・トロ主演の「レプタイル-蜥蜴-」がNetflixで10月6日より配信中だ。サム・スミスやザ・ウィークエンドなどのミュージックビデオを多数手がけてきたグラント・シンガー監督の、堂々たる長編映画デビュー作である。
 


ある事件の捜査を進める敏腕刑事トムの姿を描く

 アメリカ北東部、メン州スカボロー市。グレイディ不動産で働く女性サマーが、売出し中の豪邸で何者かに惨殺された。第一発見者はサマーの恋人でグレイディ社社長の息子ウィル・グレイディ(ジャスティン・ティンバーレイク)だ。
 
市警のトム・ニコルズ(ベニチオ・デル・トロ)が捜査を進めると、サマーの元夫(だが婚姻関係は継続中)のサム・ギフォート(カール・グルスマン)や、グレイディ親子に恨みを持つイーライ・フィリップス(マイケル・ピット)などが容疑者として浮かび上がる。
 
ある理由で一時的に捜査終了となるが、トムはその幕引きに納得がいかず‥‥‥。観客に真犯人が知らされるのはラストのラストなので、あらすじについてはこれくらいにしておこう。
 
オープニングで流れる「Angel of the Morning」(Evie Sands)のチューニングがゆがんでいくアレンジ、サマーの背骨をなぞるように入れられたトカゲの文様のようなタトゥー、天使をモチーフにした不気味なオブジェ、撮影監督マイク・ジオラキス(「イット・フォローズ」「アス Us」)による不穏で緊張感のある映像、人間の欲望や空虚さなどを象徴するいくつもの「売り物件」の扱い方など、シンガー監督の才能とセンスを疑う必要はないだろう。
 
だが、筆者が最も力説したいのは、ベニチオ・デル・トロの魅力である。彼は若い頃から、どこか危険な香りが漂うアウトローがよく似合う俳優だった。野性味があり、渋く、セクシーだが、不思議な親しみやすさも備えている。
 
本作でもそれらの魅力をかしつつ、心がぶれそうになりながらも刑事として正しい道を進もうとする愛妻家を、とんでもなくチャーミングに演じているのだ。新たな魅力を引き出したというよりは、トムという役を使って彼の魅力をブーストした、という方が正確だろう。
 
「俺には君(妻)と同じぐらい愛するものがある。警察の仕事だ」というセリフが、トムの人間性を象徴する。実はスカボロー市警以前、トムはフィラデルフィア市警で働いていた。
 
彼は非常に優秀で何も落ち度はなかったが、相棒のせいで不祥事に巻き込まれ、追われるようにスカボローに移住したという経緯がある(スカボロー市警の警部アレンのめいが、トムの妻という縁もあり)。その痛みを抱えているからこそ、新しい職場では同僚からの誘いを断らず、ナイスガイとして振る舞っている。
 
 
Daniel McFadden/Netflix © 2023

トムの人物像を肉付けする描写はデル・トロの円熟さを楽しめる

 本作は、本筋に関係のない脱線や遊びの描写が少なくない。2時間14分という尺はやはり長く感じるので、そういった部分を無駄とみなし、編集でつまんでしまうのもありといえばありだろう。だが、その多くがトムの人物像を肉付けする描写であり、デル・トロの円熟味の楽しみどころとなっている。以下、いくつかのシーンを抜粋したい。
 
同僚から「オクラホマ」というあだ名の理由を聞かれ、「踊れるからさ」とニヤリとほほむと、ジャンプカットで妻との楽しそうなダンスシーンに切り替わる。公民館のようなホールで、バンドが演奏するカントリーミュージックにあわせて白人の中高年男女がゆったりと踊る光景から、この町の雰囲気も伝わってくる。
 
サマーが殺された現場はグレイディ社の売り物件だった。そこを捜査中に、トムはキッチンのセンサー式の蛇口に一目ぼれし、スマホでパシャリと撮影する。妻と暮らす家をちょうどリフォーム中で、仕事中にその蛇口をネットで検索し、取り付けることにする。スマホを見るときにいちいち老眼鏡をかけるリアリティに抜かりはない。
 
捜査が進むにつれて、どいつもこいつも不倫や浮気をしていることが判明すると、トムはリフォーム業者の青年ピーターと妻の間に何かあるのではないかと嫉妬の炎を燃やし始める。妻に気づかれないようにピーターをけん制する場面のすごみは、これぞデル・トロの真骨頂! 
 

 © 2023 NETFLIX

ベニチオ・デル・トロのスウィートな魅力がたまらない

 タイトルの「レプタイル」の意味は「爬虫(はちゅう)類」。サマーは売り物件のサンルームでトカゲの抜け殻を見つけた後に、何者かに殺された。シンガー監督はインタビューでタイトルの意味について「登場人物はみなストーリーが進むにつれて、別の人物になっていく。一種の脱皮が起きる」と説明する。
 
人々の「脱皮」に直接触れて最もダメージを受ける人物がトムである一方で、この映画の主要キャラクターで唯一脱皮しない(変わらない)人物として描かれるのが、アリシア・シルバーストーンが演じる妻のジュディだ。
 
だからトムは彼女を信じ、べたれなのだろう。その言動からして犯罪マニアのジュディは、ピンチに遭遇してもなんとか自分で対処しようとする。そんな彼女に「よくがんばった」と声をかけて、額にキスをするトムのスウィートさがたまらない。
 
今年のいい夫婦の日(11月22日)には、トム&ジュディに花束を贈りたい。そして、アカデミー賞俳優の魅力をブーストしてくれた、シンガー監督にも超特大の花束を。
 
「レプタイル -蜥蜴-」はNetflixで配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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