「ノーウェア:漂流」より EMILIO PEREDA/NETFLIX © 2022

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2023.10.17

移民めぐる現実見据え 生の希望描くシチュエーションスリラー 「ノーウェア:漂流」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

高橋諭治

高橋諭治

〝シチュエーションスリラー〟とは、ある密室的な状況にとらわれた登場人物のサバイバルを描くスリラー映画のサブジャンルだ。エレベーター、プール、サウナルームといった私たちが慣れ親しんだ空間をモチーフにしたものから、「CUBE」(1997年)、「エスケープ・ルーム」(2019年)のように予測不能の殺人トラップや謎解きが仕掛けられたギミック系の脱出劇まで、いくつかのバリエーションがある。
 

海上漂うコンテナに閉じ込められた妊婦

Netflixで配信中の、スペイン発の新たなシチュエーションスリラー「ノーウェア:漂流」の舞台となるのは海上輸送用のコンテナだ。このジャンルにふさわしい狭さが際立つ密閉空間だが、その周辺には地平線ならぬ水平線を望むほどの無限のスペースが広がっている。なぜなら主人公が閉じ込められたコンテナは、航海中の荷崩れによってとてつもなく広大な海に投げ出されてしまったのだ!
 
本作の時代設定は明示されていないが、架空のディストピア的な近未来を背景にしている。ヨーロッパであらゆる資源が枯渇する危機的な事態が勃発し、スペインの強権国家が高齢者、女性、子供への弾圧を開始。主人公の若い妊婦ミア(アンナ・カスティーリョ)は心優しい夫のニコ(タマル・ノバス)とともに国外への脱出を図るが、密航ブローカーの指示に従って移動中、ニコと離ればなれに。さらにミアが押し込められたコンテナは武装集団に行く手を阻まれ、ミア以外の女性たちが皆殺しにされてしまう。やがてミアだけが残ったコンテナは港から出航するが、悪天候に見舞われて船から崩落し、あてどなく大海原を漂流するはめに‥‥‥。
 
シチュエーションスリラーの定石通り、コンテナ内で孤立したミアは、積み荷をこじ開けて生き抜くための物資を確保しようとする。わずかな水と缶詰のほかに入手できたのは、スエットの上着、プラスチックケース、携帯用のイヤホン、アルコールのボトル、ビニールテープ、電動ドリル、そして小さなナイフなど。一見無駄なアイテムだらけのようだが、ナイフは何かと便利だし、スエットは防寒に役立つ。アルコールはランプの燃料になり、いざケガをしたときは消毒薬の代わりになる(実際、ミアは太ももにひどいケガをする!)。ビニールテープとゴムバンドで、コンテナの壁に開いた銃痕の穴をふさぎ、浸水を防ぐことも忘れてはならない。後半におけるイヤホンの意外な活用法も見どころだ。
 

嵐の中で女児を出産

猛烈な嵐が吹き荒れる漂流2日目の夜、ミアは女児を出産する。あまりにも絶望的な現実をはかなんで手首を切ろうとしていたミアは、激しい陣痛によって自死を思いとどまった。想定外の早いタイミングで生まれてきた赤ちゃんに〝生きる〟ことを促されたわけだ。
 
実は、政府によってウマという幼い娘の命を奪われた悲痛な過去を引きずるミアにとって、この赤ん坊は2人目の子だ。生き別れたニコとの約束通り、新たな娘にノアと名付けたミアは、電動ドリルで天井をこじ開けて、まばゆい太陽光が降り注ぎ、青い海が広がる外界への脱出を果たす。それまで窮屈で薄暗いコンテナ内にとどまっていたカメラは、ダイナミックな俯瞰(ふかん)のロングショットでちっぽけなコンテナを捉え、シチュエーションスリラーらしからぬつかの間の〝開放感〟を見る者に提供する。
 

極限状況を生き延びる精神的闘争劇

しかし映画はまだ中盤を過ぎたところで、360度見渡しても陸地はまったく視界に入ってこない。ここから先の展開は見てのお楽しみだが、過酷な状況下での物理的なサバイバルを描くシチュエーションスリラーは、登場人物が極限の孤独と不安、心身疲労の限界に打ち勝とうとする精神的な闘争劇でもある。
 
先述したとおり、ミアには何が何でも守り抜きたいノアというかけがえのない存在ができた。そこで本作が終盤にクローズアップするのは、ずばり〝母性〟というテーマだ。漂流当初は何をするにもおっかなびっくりだった主人公のパワフルな変容を体現した主演女優はアンナ・カスティーリョ。かつて日本でも公開された「オリーブの樹は呼んでいる」(16年)のときは、まだ小さな子役だった若手女優が渾身(こんしん)の一人芝居を披露する。
 
そして、絶え間なく観客をハラハラさせることを最重要課題とするシチュエーションスリラーには、奇抜な見せ場や悪趣味な誇張が盛り込まれることもしばしばだが、リアリズムに徹した本作にはそうした描写がほとんど見られない。現代のヨーロッパではアフリカなどから押し寄せてきた難民が、移動途中に大量死するような悲惨な出来事が繰り返し起こっている。おそらく作り手たちはその残酷な現実を踏まえて、〝命の重さ〟をドラマの核にすえたのだろう。その製作方針が結実したラストシーンには、多くの見る者をリビングルームのソファから引き起こし、心を揺さぶる迫力がみなぎっている。

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ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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