「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」 © Universal Studios. All Rights Reserved.

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2023.1.13

この1本:「SHE SAID/シー・セッド その名を暴け」 闇に葬る根源を丹念に

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

2017年10月、ハリウッドの有力プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインの性暴力を暴いた記事が、ニューヨーク・タイムズ紙に掲載された。#Metoo運動に火を付けたこの記事が、世に出るまでを描く。ハリウッドお得意の実録モノではあるが、同ジャンルの他の作品とはひと味違っている。

調査報道部の記者ミーガン(キャリー・マリガン)とジョディ(ゾーイ・カザン)は、性暴力の情報を得て取材を開始する。数十年にわたり多くの女性たちが被害に遭っていたことを知るものの、守秘義務付きの示談や報復への恐怖、絶大な力を持つ相手への無力感やメディア不信など厚い壁に阻まれる。2人は粘り強い取材を重ね、証言や証拠を集めてゆく。

真実が暴かれるスリリングな展開や記者の正義感と情熱、それを支える新聞社の信念という要素は「大統領の陰謀」以来のこのジャンルの定番だ。通常ならここを強調してエンタメ作品にするところ。しかしワインスタインの裁判は続き、告発も後を絶たない。素材を扱う手つきは慎重だ。

性暴力の場面はイメージ的な映像に証言を重ねたり、警察のおとり捜査のテープの音声を流したりと間接的表現にとどめた。実際の被害者であるアシュレイ・ジャッドが本人役で実名を出すまでの苦悩を演じるなど、ドキュメンタリー的な手法も取り入れる。

記者の取材の過程や、家庭を持つ女性としての葛藤といったドラマ部分は定石通りの演出で、娯楽作品としてのバランスやカタルシスには少々欠ける。しかしそれを犠牲にしても強調するのは、問題の根はワインスタイン個人ではないということ。権力者の不祥事を金と守秘義務契約で闇に葬る男性支配社会を厳しく批判し、事件の現代性を訴えている。マリア・シュラーダー監督。2時間9分。東京・TOHOシネマズ日比谷、大阪・TOHOシネマズなんばほか。(勝)

ここに注目

希望を持って映画業界に入り、権力者からの性被害を受けて夢を諦めた女性たちの絶望はいかばかりだったか。自身の経験を公表し、本人役で登場しているアシュレイ・ジャッドはもちろんのこと、一度は口をつぐまざるを得なかった女性たちの勇気を丹念にすくいとった。暴行の場面を直接的には描かず、サバイバーへの配慮が徹底されていることも特筆に値する。原作の最後につづられるジョディとミーガンから家族への感謝の思いも反映されており、女性が出産、子育てをしながら働く困難さを描いた映画としての重みも感じられた。(細)

ここに注目

題材そのものは日本でもよく知られた事件であり、記者たちが地道な調査の末に、真実を世に知らしめるという展開に意外性はない。しかし実に注意深く、絶妙なバランス感覚で撮られた作品だ。被害者である女性たちの告白シーンを通して、彼女らが負ったトラウマなどの深刻な背景をあぶり出す一方、加害者ワインスタインは顔さえ映さない。記者たちの勇敢な仕事ぶりに敬意を払いつつ、ことさら英雄視しない抑制した語り口もいい。調査報道の現場の細やかな描写は、「スポットライト 世紀のスクープ」を思い起こさせた。(諭)

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