「L.A.コールドケース」© 2018 Good Films Enterprises, LLC.

「L.A.コールドケース」© 2018 Good Films Enterprises, LLC.

2022.7.31

引退しても忘れられない 元刑事が示す未解決事件への執念「L.A.コールドケース」

毎回、勝手に〝2本立て〟形式で映画を並べてご紹介する。共通項といってもさまざまだが、本連載で作品を結びつけるのは〝ディテール〟である。ある映画を見て、無関係な作品の似ている場面を思い出す──そんな意義のないたのしさを大事にしたい。また、未知の併映作への思いがけぬ熱狂、再見がもたらす新鮮な驚きなど、2本立て特有の幸福な体験を呼び起こしたいという思惑もある。同じ上映に参加する気持ちで、ぜひ組み合わせを試していただけたらうれしい。

髙橋佑弥

髙橋佑弥

辞職あるいは引退した刑事が、現職時代に解決できなかった因縁の事件を捜査し続けている──という展開に弱い。使命感を持って職務を遂行する時点で十分に尊ぶべきだが、それはあくまで〝職務〟に過ぎないとも言える。彼らは、誇りを持って危険な仕事に身をさらすが、それが仕事ですらなかったら? 安定した給金も大きな見返りもなく、資金も環境も人員も不足した状態にもかかわらず、膨大な時間を費やし、誰に頼まれるでもなく自らのために捜査する……そんな無償の執念にこそひかれるのだ。


 

描くのは事件より捜査官

「L.A.コールドケース」(8月5日公開)もまさにその系譜に連なる一作。1997年に起き、いまだ解決されていないノトーリアスB.I.G.射殺事件を材としているが、いざ見てみると、本作が真に描き出そうとしているのは捜査者のほうだと分かる。
 
97年、ノトーリアスB.I.G.射殺事件の9日後に黒人警官の射殺事件が起こり、主人公の刑事ラッセル・プール(ジョニー・デップ)が現場を捜査する場面で本作は幕を開けるが、すぐに場面は18年後に飛んで舞台は2015年、さびれたアパートの一室で暮らしている引退後の年老いたプールが、記者ジャック(フォレスト・ウィテカー)に因縁の事件を語り出すことで初めて物語が動きだす。
 
ノトーリアスB.I.G.射殺事件の映画のはずなのに、事件後に起きた別の事件から始まるのも、物語が始まるやいなや引退後の時制に飛ぶのも、〝事件〟をテーマと思えばこそ風変わりではあるが、未解決事件にとらわれた男を主題とするならば、納得がいく。そもそもプールは黒人警官射殺事件を捜査する過程でノトーリアスB.I.G.射殺事件への関心を強めていくのだから、まさに因縁の入り口といえる場面から始めない手はない。
 

「L.A.コールドケース」© 2018 Good Films Enterprises, LLC.

主人公への同化に注力

現場にやってきたプールが、車を降り、上司と話をし、付近を動き回りながら部下たちに指示を出していくまでを長回しで捉えた印象的な捜査場面をはじめ、本作の演出はひたすら主人公への没入=同化作用にかけられていて、その点からも主眼が捜査対象に向けられていないのは明白だろう。
 
「病的に真実を知りたいのさ」というセリフもあるように、本作は「ゾディアック」(07年)──本連載第1回で取り上げた──の延長線上にあるといえる物語であり、引退後も捜査を続けている主人公が取材を受けることで物語が進んでいくという構成はドラマ「TRUE DETECTIVE/トゥルー・ディテクティブ」(14年から)の例なども思い出せるが、終盤に登場するノトーリアスB.I.G.の母=ボレッタ・ウォレスを本人が演じている点が珍しく、驚かされた。
 

「実録三億円」©東映

捜査官本人が出演してコメント「実録三億円事件 時効成立」

そこでふと思い浮かんだのが、石井輝男監督作「実録三億円事件 時効成立」(1975年)である。3億円事件が時効を目前にひかえるなか、急ピッチで準備、撮影されたキワモノ企画ではあるものの、いま見るとなかなかどうして悪くない。なにより、冒頭には実際に事件を捜査した元刑事・平塚八兵衛と元警視庁捜査1課長・武藤三男が出演し、事件および映画化企画についてコメントする場面があるのだ。
 
作品自体は、「週刊現代」で3億円事件題材の小説「時効成立」を連載していた清水一行の取材資料をもとに創作した犯人視点がメインだが、時効直前に(それも、犯人逮捕に至らない=時効は成立するという想定で)封切るべく作られた作品に、出演する元捜査者ふたりの心境はいかばかりか。ともに感情をあらわにせず冷静に証言してはいるが、映画の犯人像について「これがもし本当にホシだったら、この事件は時効成立なんてことはなくて」と苦々しく語る姿は忘れがたい印象を残すだろう。
 
この2本を併せ見て、「どんな警官も未解決事件を抱えている」というセリフが「ドラゴン・タトゥーの女」(2012年)にあったことを思い出した。次回は、この映画から始めたい。
 
「L.A.コールドケース」は8月5日、東京・ヒューマントラストシネマ渋谷ほかで公開。
「実録三億円事件 時効成立」はU-NEXTにて見放題配信中。

ライター
髙橋佑弥

髙橋佑弥

たかはし・ゆうや 1997年生。映画文筆。「SFマガジン」「映画秘宝」(および「別冊映画秘宝」)「キネマ旬報」などに寄稿。ときどき映画本書評も。「ザ・シネマメンバーズ」webサイトにて「映画の思考徘徊」連載中。共著「『百合映画』完全ガイド」(星海社新書)。嫌いなものは逆張り。