ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。
2022.8.09
闇に覆われた殺人事件の真実を、最後に暴くのは誰か?「インビジブル・ゲスト 悪魔の証明」:謎とスリルのアンソロジー
今回紹介するスペイン製作の「インビジブル・ゲスト 悪魔の証明」(2016年)は、何より日本の配給会社がつけたサブタイトルが目を引くミステリー映画である。〝悪魔の証明〟とは何か? そのわかりやすい一例は、次のようなケースだ。
キーワード「真実の証明」
オカルトマニアのAという人物が「この世に悪魔は存在する」と主張する。それに対して、オカルトの類いを一切信じないBは「存在するわけがない」と一笑に付すが、すかさずAは「ほほう。それなら悪魔は絶対に存在しないと証明してもらおうか」とふっかけてくる。この論法を突きつけられると、Bに勝ち目はない。
なぜなら「悪魔が絶対に存在しない」ことを完全に立証するのは、現実問題として不可能だからだ。だからといって「悪魔は存在する」と認める必要はないし、さまざまな資料を提示して「その可能性は限りなくゼロに近い」と反論することもできようが、相手の言い分を100%否定するのは無理だ。UFOや幽霊、ツチノコの場合もしかり。これが〝証明が不可能な事象〟の比喩としての悪魔の証明である。
本作の主人公は、愛人殺しの罪で起訴された著名な実業家のドリア。検察側に追いつめられ、3時間後に控える法廷の審理で「私は無実だ」という説得力ある反証をしなければならないドリアは、無罪請負人の異名を持つベテランの女性弁護人グッドマンを自宅に招き入れる。事件のあらましを語り始めたドリアは、愛人のローラとともに訪れた雪山のホテルで何者かに襲撃され、気を失っている間に彼女を殺害されたのだと言う。しかし殺人現場となったホテルの部屋はドアや窓にカギがかかった密室で、第三者の侵入も、犯行後の脱出も不可能だった。
ミステリー映画の名手、オリオル・パウロの巧みな話術
あらゆる状況証拠はドリアの有罪を示しており、彼とグッドマンが無実を証明するのは極めて困難だ。ところがドリアは、まだすべてを語り尽くしていない。本作は矢継ぎ早にフラッシュバックを挿入し、事件をめぐる新たな情報を次々と提示する。そして、ドリアと生前のローラがあいびきの帰りに引き起こしたもうひとつの重大な事件を浮かび上がらせ、見る者を想像の及ばぬ展開へと誘っていく。
雪山のホテル、山間部の道路という異なる場所で起こったふたつの事件が錯綜(さくそう)していくストーリーはかなり複雑なのだが、緻密に組み立てられた構成、巧妙かつスリリングな語り口からひとときも目が離せない。自作のオリジナル脚本を映画化したオリオル・パウロ監督は、ジャンルムービーの製作が盛んなスペイン映画界におけるスリラー&ミステリーの第一人者。長編監督デビュー作「ロスト・ボディ」(12年)、Netflixで手がけた劇映画「嵐の中で」(18年)、ドラマシリーズ「イノセント」(21年)のいずれも、卓越したプロットのひねりが際立つ快作である。
驚きのトリック、だまされる快感のカタルシス
もしや殺人容疑者のドリアは、罪を免れるために都合のいい噓(うそ)をまくし立てているのではないか。敏腕弁護人のグッドマンは、彼の証言の真偽を見極めることができるのか。見る者の興味の焦点はまさにこの点にあるのだが、実はこのミステリー劇の妙味はそれだけにとどまらない。パウロ監督はあっと驚くツイストを仕掛け、〝無実を証明しようとする者〟があれよあれよという間に〝真実を証明される者〟へと立場逆転を強いられていく様を映し出す。そのトリッキーな展開たるや、魔法めいた手品のよう。鮮やかなタネ明かしがさく裂する、クライマックスのどんでん返しに感嘆せずにいられない。
パウロ監督が手がけた映画はリメークが相次いでいる。夜の遺体安置所からこつ然と消えた美女の死体をめぐるサスペンスミステリー「ロスト・ボディ」は、韓国映画「死体が消えた夜」(18年)の元ネタになり、19年にはインドでもリメークされた。そして本作もまた、イタリア映画「インビジブル・ウィットネス 見えない目撃者」(18年)、インド映画「Badla」「Evaru」(ともに19年)という3本のリメークが作られている。
登場人物の誰が噓をつき、観客を欺こうとしているか。そんな手練手管を要する謎解きという〝真実の証明〟を、これほど見事にやってのけるストーリーテラーは、世界中を見渡してもまれな才能ではあるまいか。だまされる快感のカタルシスに浸りつつ、脱帽するほかはない。
「インビジブル・ゲスト 悪魔の証明」はニューセレクトからDVD発売中。5280円。