「グリセルダ」より © 2023 Netflix,Inc.

「グリセルダ」より © 2023 Netflix,Inc.

2024.2.26

〝女であること〟を逆手に、麻薬王まで上りつめた女性の生き様を描いた「グリセルダ」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

ひとしねま

須永貴子

Netflix製作の「ドラッグもの」には、「ナルコス」や「ナルコの神」、「ペイン・キラー」「ペイン・ハスラーズ」といったドラマ作品のほか、ドキュメンタリー作品も豊富にラインップされている。1月25日に世界同時配信された「グリセルダ」(全6話)は、「ナルコス」が描いたコロンビアの麻薬王、パブロ・エスコバルと同時期(1970年代後半〜)にコカインの女王となった、グリセルダ・ブランコの跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を描くクライムドラマだ。
 


コロンビアからアメリカへ脱出し、のちにコカインの女王となったグリセルダ・ブランコ

 78年、グリセルダ・ブランコ(ソフィア・ベルガラ)が3人の息子を連れて、コロンビアのメデジンからアメリカのマイアミへ脱出する。冒頭からのただならぬ緊迫感に、一気にストーリーに引き込まれる。彼女の動機は夫のアルベルト(後にグリセルダが殺害したことが明らかになる)から逃げ、麻薬ビジネスから足を洗い、息子たちを守ることだった。
 
組織から持ち出した極上のコカイン1キロをまとめて売り払い、そのお金でクリーンな新生活をスタートさせるつもりだった。ところが、取引の過程で女だからとめられたことで、アルベルトからの非道な扱いと「3人のコブ付きの年増女がどこまでやれるか?」という侮辱の言葉を思い出す。そして彼女は自分に「やれる」こととして、その地域を仕切るアミルカルのために、メデジンからコカインを仕入れる取り決めを交わすのだった。
 
アミルカルと握手するときのグリセルダは、とある理由で血まみれだ。ギョッとする周囲の目を意に介さず、グリセルダがオオカミのように眼光鋭くほほ笑むところまでが第1話。第2話で、彼女はさっそく手腕を発揮する。仕入れは、ブラジャーにコカインを忍ばせた売春婦たちをコロンビアから呼び寄せて。彼女たちが、富裕層の白人高齢者にコカインの無料サンプルを配り、新規の顧客として開拓した。犯罪ではあるが、弱者がサクセスしていくストーリーにはやはりワクワクしてしまう。
 

だまされ、裏切られ、尊厳を踏みにじられながら、母国までその名がとどろく帝国を築く

 グリセルダが猛スピードで成功したのは、胆力や面倒見の良さ、ビジネスの才覚を持ち合わせていたからだ。加えて、性別が有利に働いたと言わざるを得ない。あるドラッグディーラーの殺人事件を調べていたマイアミの警察は、グリセルダの痕跡を情報として入手したにもかかわらず、女が重要人物のはずがないという偏見から、彼女を捜査対象から除外してしまっていたのだ。
 
2話でこんなやりとりがある。アルベルトの弟・フェルナンドが、兄を殺害したグリセルダを血眼で捜していた。子分のダリオ(アルベルト・グエラ)は、グリセルダがかつて働いていた売春宿を訪れる。そこで売春婦たちに聞き込みをすると、グリセルダは独学で身分証を偽造して、この場所から自力で抜け出したという。「夫に助け出されたと聞いていた」と驚くダリオに、売春婦たちは「誰が言ったの? それって男?」と鼻で笑いながら言い当てる。
 
女にはデカいことなんてできるはずがない。女がデカいことをやったら男の手柄にすり替える。優秀な女と手を組むなら、バカな男2人を従える。グリセルダはそんなクソみたいな世界で、何度も取引相手(男)にだまされ、裏切られ、尊厳を踏みにじられながら、不屈の精神で帝国を築いていったのだ。「アメリカに〝ゴッドマザー〟がいるらしい」といううわさが母国までとどろくほどに。
 
グリセルダの暗躍に警察内でいち早く気づいたのは、情報分析官のジーン(リアナ・アイデン・マルティネス)だった。署内で受けるセクシュアルハラスメントにため息をつきながら、現場で採取した吸い殻に付着した口紅に注目する。上司に訴えても、「それは売人のガールフレンドだろう」と取り合ってもらえない。優秀なのに不遇な彼女は、政府が地元警察と共同で新設した組織CENTAC(中央戦術部隊)に配属され、グリセルダに近づいていく。
 

女麻薬王とシングルマザーの警察官。2人を軸にしたことで「ドラッグもの」にとどまらない作品に

 グリセルダは自分のファミリーを守るために、自分から全てを奪おうとする男たちと血で血を洗う抗争を繰り広げ、3年でマイアミを掌握した。ゴッドマザーとして、元売春婦の女性たちを部下として大切にした。また、男に踏みつけられる女の自分を、アメリカにおいて弱者であるキューバ・マリエル移民に重ね、彼らを兵隊として雇い、ライバルたちのコカインを襲撃させた。ジーンは元売春婦の殺害事件と、移民たちの襲撃事件の関連性に気づき、彼らの背後に1人の女性(グリセルダ)がいると推測する。
 
グリセルダを演じたソフィア・ベルガラは、エグゼクティブプロデューサーも兼ねているだけあり、熱のこもった演技を見せる。特に、売春婦やマリエ移民を前にしての「あなたたちならできる」と鼓舞する場面でのスピーチでは、ゴッドマザーのカリスマ性を遺憾なく表現している。一方のジーンにふんするのは、本作で大きな注目を集めることとなったリアナ・アイデン・マルティネスだ。CENTACに配属後、水を得た魚のように能力を発揮し、どんどんタフになっていく姿を堂々と演じている。
 
本作は、史実をもとに脚色したフィクションである。グリセルダとジーンという二つの軸を立てたことで、ジャンル映画としての「ドラッグもの」でありつつ、今の社会を生きる私たちも巻き込む作品になっている。女麻薬王と、シングルマザーの女性警察官。男性社会で抑圧されていた2人の女性がそれぞれの能力を発揮してひとかどの人物になったときに、追われる側と追い詰める側でその人生が近づいていく巧みな構図に興奮しつつ、やるせない余韻も残す。
 
「グリセルダ」はNetflixで独占配信中。

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。