「ウィル&ハーパー」より

「ウィル&ハーパー」より© 2024 Netflix, Inc.

2024.10.07

身近な人からトランスジェンダーと告げられたら⁈ ウィル・フェレルの行動から向き合い方を考えさせられるロードムービー「ウィル&ハーパー」

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

ひとしねま

須永貴子

笑えて泣けて考えさせられる、ロードムービーの新たな傑作が誕生した。それは、俳優のウィル・フェレルと親友のハーパー・スティールの、16日間のロードトリップ(※主に車やバイクを自分で運転して、長距離を移動する旅)を描くNetflixドキュメンタリー「ウィル&ハーパー」だ。
 
2人はコメディーバラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」の演者と脚本家として1990年代に出会い、親友になった(その経緯は本作の冒頭でわかりやすく描写されている)。本作は2024年開催のサンダンス映画祭で上映され、スタンディングオベーションを巻き起こしたという。
 

ロードトリップのきっかけは、30年来の親友ハーパーからのカミングアウト

彼らが旅に出たきっかけは、パンデミック中に、ニューヨーク在住のハーパーがロサンゼルス在住のウィルにメールを送り、「性別移行し女性として生きていく」とカミングアウトしたことだった。ハーパーはかつて、安いビールとジーンズ、そしてロードトリップが好きなアンドリューという男性だった。
 
全米各地の安いバーや治安の悪い場所を訪れることを楽しんでいたが、ハーパーになった今も同じ場所に行けるかわからないと不安に感じていた。それを知ったウィルが、「ハーパーとして一緒にロードトリップして、これからの僕たちのことを考えよう」と誘ったのだ。
 
ニューヨークまで飛行機で移動したウィルを、ハーパーが自分の車でピックアップし、ロサンゼルスまで送り届けるという大陸横断ルートで旅が進んでいく。2人は運転しながら、時にはアウトドアチェアに座って安いビールを飲みながら対話を重ねる。ウィルのスタンスは明快で、ハーパーとの友情を続けるために、これまでとルールや関係性を変える必要があるなら知っておきたい、というものだった。
 
ハーパーはウィルを100%信頼し受け入れているので、踏み込んだ質問にもオープンに答えていく。旅の途中で出会った人々や出来事をきっかけに呼び起こされる、過去の葛藤や苦悩も打ち明けていく。例えば、NBAの試合やNASCARのレース場で、「(かつての自分は)スポーツを利用して、〝よくいる男〟に見せようとしていた」と吐露したように。
 
旅の終着地点のカリフォルニアで、ウィルはハーパーが秘密にしてきたある事実とそれにまつわる思いを初めて知り、大きなショックを受ける。旅の始まりは〝アメリカで最も有名で人気のあるコメディー俳優、ウィル・フェレル〟だったが、旅が終わる頃にはコメディー俳優の鎧(よろい)を脱ぎ捨て、〝大親友ハーパーのことが大好きな、涙もろいひとりのおじさん〟になっていた。
 

優先すべきは「相手への愛情をシンプルに伝えること」という学び

ウィル・フェレルは「このドキュメンタリーが人々に新しい視点を提供し、トランスジェンダーの話題について会話を促すきっかけになることを望んでいる」とコメントしている。オクラホマ州の「安いバー」で歓迎されたハーパーがふと漏らした「ニュースでひどい話ばかり聞くから怖かった」という発言が気になって調べてみると、米国ではトランスジェンダーへのヘイトクライムが増加しており、トランスジェンダーを含む性的マイノリティーの権利を制限する「反LGBTQ法」が次々と提出されている状況にあった。あからさまには描かれていないが、トランスジェンダーとして独りでロードトリップすることの危険性は想像に難くない。
 
個人的には、ハーパーのカミングアウトに対するウィルの素早い反応を見て、優先すべきは相手への愛情をシンプルに、なるべく早く伝えることだという学びがあった。自分にとって大切な人が勇気を振り絞って何かを打ち明けてくれたとき、相手を大切に思っているからこそ、言葉を選びすぎて反応に時間がかかってしまったりするかもしれないが、それはこちらの都合でしかない。
 
「カミングアウトしても今まで通り愛されるか?」という不安を抱えていたハーパーは、ウィルの即レスがうれしかったと振り返る。返信がくるまでネガティブな想像が膨らんでしまう経験は誰しもにあるだろう。
 
最終日、ウィルがハーパーにある贈り物をするのだが、そのセレクトとメッセージから、彼のハーパーへの揺るぎない愛情が伝わってきた。そして迎えたエンディングは、2人の友情がこれからも続くことを映画的に表現していて、ドキュメンタリーなのにドラマとしてウェルメードが過ぎるだろ! と脱帽するレベルの完成度だった。
 
旅の途中で「サタデー・ナイト・ライブ」仲間のクリステン・ウィグに連絡し、むちゃ振りして作らせたこの旅のテーマ曲も、あのロードムービーの名作にオマージュをささげて泣かせつつ、2人の友情をユーモラスに祝福する。「ダンキンドーナツ」の使い方も、さすがウィル・フェレル!という笑えるアクセントになっている。
 
監督は、捨て犬や野良犬たちが人間に復讐(ふくしゅう)するコメディー画「スラムドッグス」を監督したジョシュ・グリーンバウム。ウィル・フェレルが主人公のレジー(犬)の声を担当している。Prime Videoで配信中なのでこちらもぜひ。
 
「ウィル&ハーパー」はNetflixで独占配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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