「百花」©2022「百花」製作委員会

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2022.9.13

インタビュー:監督・川村元気が仕掛けた「記憶を映像化した新しい映像体験」 「百花」

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

ひとしねま

倉田陶子

認知症で記憶を失う母と、母との思い出を取り戻していく息子の姿を描く「百花」で長編デビューした川村元気監督。「記憶そのものと記憶の映像化という点に面白さを感じた」。自らの人生と記憶をたどり、観客に「新しい映像体験」を届けるため秘策を練ったという。
 


 

忘れていたのは自分だった

同名の原作小説を書き上げたのは、祖母の認知症がきっかけだった。「おばあちゃんに『初めて買ってもらったのは青い車のおもちゃだよね』と話すと、『いや、赤い飛行機だ』と言われて、『おばあちゃん、忘れちゃったんだなあ』と。でも、アルバムを開いて確認すると赤い飛行機だったんです。僕の方が忘れちゃっていた。人の記憶の曖昧さはミステリーとして使えるなと思いました」
 
レコード会社で働く泉(菅田将暉)とピアノ教師だった母百合子(原田美枝子)は、過去の出来事が原因で心の溝を埋められずにいた。やがて百合子の言動がおかしくなり、「半分の花火が見たい」と繰り返すようになる。認知症と診断された百合子を支えるうち、泉は母との思い出をよみがえらせていくが、「半分の花火」の謎は解けずにいた。
 
プロデューサーなどの立場で「悪人」「モテキ」「君の名は。」といったヒット作に携わってきた。だが、小説を書く時は映像化については考えないという。「百花」は映像にしづらいと感じていたが、「自分が監督として関わるなら変わった映画じゃないと意味がない。おもしろい映像手法で作ってみようと考えた時、記憶の話をワンシーンワンカットで撮ることを思いついたんです」と話す。


「百花」の川村元気監督=倉田陶子撮影 

ワンシーンワンカットでスマホにできない没入体験を

役者が芝居を始めたら、その場面が終わるまで1台のカメラが表情や演技を追い続ける。演じる側も撮る側も、いつも以上に緊張を強いられるが、映画館といういわば日常から離れた場所で見る映像だということを意識し、この手法を採用した。
 
「小説を書いていた5年前と比べると、映像の見られ方は急激に変わっています。テレビはスマホを片手にメールやLINEをしながら、中には早送りで見る人もいる。Youtubeではマシンガンのようにしゃべって、カットが目まぐるしく変わっていく。離脱されないためには、それはそれでいい。ただ、映画館だけはスクリーンと音に集中できるはず。その環境を使って新しい映像体験を届けたかった。ワンシーンワンカットで作られた映像に集中することで、こちら側が『見てください』とアピールしなくても、観客の方から物語に没入していってくれると思いました」
 
物語には、泉と百合子の過去に関わる重要な舞台として阪神大震災前後の神戸の街が登場する。小説を書くにあたり神戸で取材していた時にも、記憶について考えさせられることがたくさんあった。


震災を機に泥沼不倫を清算した 強く残るのは不完全な記憶

「住人や消防団の方に話を聞いていると、ディテールを忘れていたんですよね。でも忘れるという機能は人を守ることでもあるのかなと気付きました。震災当日にスーツを着て会社に行こうとしたお父さんとか火事の中でも犬の散歩をしたおばあさんとか、人間はどんな時も日常を守ろうとする生き物なんだというのも興味深かったですね」
 
強烈なエピソードもあった。「震災によって、6年続いた泥沼の不倫に整理をつけなきゃと思った、という人もいました。大変な状況の中で終わらせなきゃいけないものを終わらせたというのは、すごく文学的。きれいな記憶よりも、何かが欠けているような不完全な記憶の方がより強く残っていくということも、この作品のヒントになりました」


 

観客の記憶呼び起こすきっかけに

さまざまな人の記憶が投影された作品だからこそ、多くの人が「自分の物語」と感じ取ることができる。例えば、泉と百合子がビスケットを食べながら、菅田がアドリブで「おいしいね」と発したシーン。きっと同じような経験をした人はいるはずだ。
 
他にも、観客の記憶を呼び覚ますような仕掛けがたくさんある。「近所の子どもが練習するピアノの音が聞こえてきて、いつも同じところで間違えるなとか、お母さんに花を買ってプレゼントしたなとか、すべての人の人生にはそういう記憶の断片がちりばめられていて、観客の実人生の記憶にフックがかかっていく。この作品が皆さんのさまざまな記憶を呼び起こすきっかけになったらうれしいですね」
 
全国で公開中。

ライター
ひとしねま

倉田陶子

くらた・とうこ 毎日新聞記者

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