© 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc.  All Rights Reserved.

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2022.9.11

タイで実際に起こった救出劇をドラマ性を抑制しストイックに描いた「13人の命」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

村山章

村山章

「アポロ13」や「ビューティフル・マインド」で知られる名匠ロン・ハワードの最新作「13人の命」が、先月からアマゾン・プライム・ビデオで配信されている。主演はビゴ・モーテンセンとコリン・ファレル。2018年6月にタイのサッカーチームの子供たち12人とコーチが水没した洞窟に閉じ込められ、世界中が注視する中で行われた救出作戦を描いたノンフィクションだ。
 


2018年にタイで起こった17日間の救出劇

子供たちが閉じ込められていたのは17日間。タイ当局や軍、警察、世界から駆けつけたボランティアら1万人もの人々が救出活動に携わった。救出を成功させる決定的な役割を担ったのは、イギリス人のケイブダイバー、リチャード・スタントンとジョン・ボランセンだったという。
 
スタントンとボランセンは、たまたま遭難現場の近くに2人を知る洞窟探検家が住んでいたことから、急きょ現地に呼び寄せられることになった。映画のネタバレになるので詳細は避けるが、あくまでも民間のボランティアである2人が、子供たちを発見し、前代未聞の救出法を編み出し、実際に自分たちで実行してみせた。映画には現地の人たちも含め多くの人物が登場するが、彼らが物語の中心になるのはハリウッド映画としては当然の選択だろう。
 
ちなみにハリウッドが奇跡の実話、感動の実話を映画化する際に、わりと決まったパターンがある。登場人物の数を絞り、どん底からの脱出や人間的に成長を遂げるエピソードをちりばめ、物語がエモーショナルに盛り上がるように再構築する。実際、2時間前後の映画で実話をそのまま描くことは不可能であり、あらゆる「実話の映画化」はある程度のフィクション化を前提にしていると言っていい。
 


「その場で起きたこと」を丁寧かつ矢継ぎ早に描き、パワフルな映画に

 ところがロン・ハワード監督は、限りなくファクトにフォーカスし、過剰なドラマ性には足を取られないように距離を取っている。もちろん脚色を加えた部分や、物語が伝わりやすいように整理された部分はあるのだが、作為的なストーリーテリングに頼らず、ただ「その場で起きたこと」が矢継ぎ早につづられていく。非常にストイックな作りなのである。
 
この手法で、2時間半ダレることなく引き込まれるのは、きっと作り手側がこの実話の強度を信じていたからだろう。自分たちの得意なメソッドを適用するより、起きたことを丁寧に描けば十分にパワフルな映画ができる――。実際、劇映画を見ているという感覚より、決死の救出活動を間近で目撃している興奮の方が強い。ある意味でハリウッド的な作劇の否定であり、実話の映画化を一歩先へと進める試みだと思う。
 


ビゴ・モーテンセンの起用で宿る、映画的なヒロイズム

 と、そんなことを思いながら見ていたら、ディズニープラスに同じ遭難事故を扱ったドキュメンタリー「ザ・レスキュー タイ洞窟救出の奇跡」(「THE RESCUE 奇跡を起こした者たち」のタイトルで今年2月に劇場公開済み)があったのでそちらも鑑賞してみた。「13人の命」のベースになった体験談が当事者の口から語られているが、印象は少し異なる。というのも、映画の主人公2人は最初から伝説のレスキューダイバー然としているのに、本物のリチャード・スタントンとジョン・ボランセンはいささか場違いな存在に見えるのだ。
 
実際、スタントンとボランセンは、あくまでも趣味として洞窟や狭い洞穴に潜り込むケイブダイビングに打ち込んできた人たちで、世間からは変わり者として見られていたという。ケイブダイバーたちは真っ暗な地下に一人でいる時間に心安らぐタイプが多く、特にスタントンは世間づきあいも子供も苦手だったと語っている。
 
彼らが救出作戦で力を発揮できたのは、ニッチな趣味が高じて特殊なスキルを身につけていたから。まさに偶然と偶然が重なり、気がつけば13人の命運を握るポジションにつき、死力を尽くしたことでヒーローになった。そんな人生の「まさか」はドキュメンタリーの方がより伝わってくる。逆に言えば、主人公をビゴ・モーテンセンのような映画スターが演じれば、どれだけ事実に即した作りでも映画的なヒロイズムが宿る。これは良しあしではなく、一種の映画の魔力なのだと思う。
 
ちなみにネットフリックスは、遭難した子供たちの体験談を映像化する権利をいち早く獲得しており、9月22日からドラマシリーズ「ケイブ・レスキュー: タイ洞窟決死の救出」を配信する予定だ。こちらの作品では英国人ダイバーとは別の視点から見たサバイバルの物語が描かれているはずであり、配信サービスをまたぐことで見る側の知識や体験が補完されていくのもまた面白い。
 
「13人の命」はAmazon Prime Videoで独占配信中。

ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。

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