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2025.1.11
3回の大統領選取材で知ったトランプの実像 元特派員が見た「アプレンティス」とその後
「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」が米国で公開されたのは、大統領選まで1カ月を切った2024年10月中旬だ。トランプは自身が所有するソーシャルメディア、トゥルース・ソーシャルで怒りを爆発させた。作品を「フェイク」と非難し、脚本家を「人間のくず」と呼んだ。無理もない。脚本家のガブリエル・シャーマンはもともとニューヨークで新聞記者をしており、20年以上にわたるトランプや周辺人物への綿密な取材をもとに、トランプ氏の本質をえぐり出そうとしたからだ。
「攻撃」「否定」「常勝」ロイ・コーンの教え
アプレンティスは「見習い」という意味だ。父親の不動産会社で働く若き日のトランプ氏、悪名高い弁護士ロイ・コーンと出会い、師事し、変貌していく。コーンが見習いのトランプに教えた成功のルールは三つ。ルール1、攻撃、攻撃、攻撃。ルール2、全てを否定しろ。ルール3、常に勝利を主張し、負けを認めるな。記者は16,20、24年とトランプの大統領選を3回取材したが、彼はまさにこのルールで生きている、と思う。
例えば、16年大統領選に出馬したとき、トランプは政治経験ゼロのダークホースだった。しかし、古参の政治家を「ちび」「エネルギーがない」と攻撃して勝ち残った。自分に不利なスキャンダル報道や告発は否定する。裁判で負けても、否定する。20年大統領選で敗北しても「勝利した」と主張している。
「アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方」© 2024 APPRENTICE PRODUCTIONS ONTARIO INC. / PROFILE PRODUCTIONS 2 APS / TAILORED FILMS LTD. All Rights Reserved.
「取引」ではない「脅し」だ
「トランプ氏の本質を知るため、原点を探ろう」。16年4月にニューヨークに赴任したとき、そう決意した。まず向かったのは、東部ニュージャージー州アトランティックシティー、大西洋に面したカジノタウンだ。「世界最大のカジノホテル」との触れ込みで、トランプが1990年にオープンしたカジノホテル「トランプ・タージマハル」に泊まった。
巨大なシャンデリア、EGOという店名の酒場――。建物にはトランプの派手な好みが色濃く残っていた。だが、表玄関に掲げられた看板は電球が切れてTRUMP(トランプ)がMPに、駐車場の看板は、Kが消えてPARになっていた。タージマハルは開業からわずか1年ちょっとで経営破綻した。トランプは建設にかかった10億ドルを返済することができず、米連邦破産法第11条の適用を受けた。
トランプの最初の挫折だった。映画でも、トランプがロイ・コーンの警告を無視してカジノ建設に突き進み、資金繰りに困る場面が出てくる。ホテルにピアノ8台を納入した元楽器店経営者のマイケル・ディールさん(当時88歳)が取材に応じてくれた。トランプを「交渉者ではなく、脅迫者だ」と評した。
「エリート層ぶち壊す」の陰で庶民が犠牲に
トランプはピアノの代金10万ドル(現在のレートで約1570万円)の7割しか払わなかった。全額支払いを求めると、トランプ側の担当者からこう言われた。「7割を受け取ってちゃらにするか、破綻した場合に1割を受け取るか」。破綻を前提にした口調で迫られて驚いた、という。交渉者ではなく脅迫者。これがトランプ流ディール(取引)の本質か、と背筋が冷たくなった。
選挙キャンペーンでは「あなたのような庶民のためにワシントンのエリート勢力をぶち壊す」というメッセージを発しておきながら、庶民を犠牲にしていたのだ。損を押しつけられ、経営が傾いた中小企業は他にもあった、とディールさんはいう。大統領選に出馬したトランプ氏を見る住民の目は氷のように冷たかった。「笛を吹かれても、もう踊らない」
人好き、ガッツ……でも大統領にふさわしいか?
「給与をあげてくれた」「家族の死を気遣って声をかけてくれた」。トランプは冷たい人間ではない、と力説する元従業員にも会ったことがある。トランプに直接会ってからとりこになった人も見た。人好きする人間なのだろう。スタミナとガッツもある。暗殺されそうになった場所に再び戻って選挙演説するなんて、並大抵の精神力ではない。
だが、大統領にふさわしい人物なのか。ジャーナリストのボブ・ウッドワードが書いた一連のトランプ本を読めば、冷や汗が出てくる。トランプの衝動的な行動から米国の国益と世界の安全を守っていたのはプロ意識と良心を持つ一部の側近や閣僚だった。ワシントン・ポスト紙のファクトチェックによれば、トランプは大統領だった4年間の間に3万以上のウソもしくは誤解を招く発言をした。米紙USAトゥデーによると、トランプと会社が被告や原告になっている裁判は過去30年間で4095件にのぼる。
トランプの父親フレッドが息子たちに厳しく当たったことは有名だ。世界は、食うか、食われるか、であり、息子たちをライオンになるよう育てようとした。兄は期待に応えられず、アルコール依存症となり、40代で死んだ。1年間トランプに密着取材して、「アート・オブ・ディール」(邦題は「トランプ自伝 アメリカを変える男」)を執筆したトニー・シュウォーツは、トランプは「人との出会いはすべて戦いで、勝つか負けるかしかない」と考えているという。シュウォーツはまた、トランプは情報開示ではなく、人を支配する目的から言葉を発する、という。「彼はただ反応する。内省はしない。結果など気にしない」と警告している。
「怪物を作り出す手伝いをしてしまった」
トランプを創り上げたのは、弁護士ロイ・コーンだけではない。メディアやエンタメ業界も責任を負っている。トランプは彼らを利用したが、業界もトランプ氏を消費し、利用した。映画のタイトルである「ザ・アプレンティス」と聞いて、アメリカ人が思い浮かべるのは、同名のNBCテレビの人気長寿番組だ。番組では、トランプは「天才的なビジネスの嗅覚を持つ大富豪」という設定で、自身が経営する会社の幹部候補を探している。見習い応募者は毎週1人ずつ解雇される。トランプ氏が毎週言い放つ決め言葉「お前は首だ!」が流行した。
選挙前の24年10月下旬、NBC販促部門の元幹部ジョン・ミラーはUSニュースに寄稿した。「アメリカに謝罪したい。我々は怪物を作り出す手助けをしてしまった」。ミラーは「成功して王族のように暮らすビジネスマン」というトランプのイメージは番組を売り出すために作り上げたもので、実態とは大きく違っていた、と告白した。
トランプタワーの部屋はみすぼらしく執務室に見えなかったため、撮影用に部屋をレンタルせざるをえなかった。もっと言えば、本当に成功している企業のCEO(最高経営責任者)はテレビに出演する暇があるはずがなかった。トランプのカジノやリゾート会社の経営破綻は番組開始前までに4回、その後も少なくとも2回はあった、という。
「テレビのイメージは幻影だ」
ニューヨークではトランプの不動産事業の危うさはよく知られていた。「米国にはトランプ氏に融資する銀行はないよ」。ある大手銀行幹部が記者に言ったことがある。米国の金融機関はトランプを信用していなかった。だから、トランプは資金を調達するためにドイツ銀行や利子の高いジャンクボンドに頼らざるを得なかったのだ。
テレビ番組「ザ・アプレンティス」のヒットは、全米レベルでトランプの好感度を高め、16年に大統領選で勝利するきっかけとなった。ミラーは、ロイ・コーンやシュウォーツと同様に、トランプの興隆に力を貸したことを後悔している。ミラーは、長い付き合いの中でトランプが「お世辞に弱く、操作されやすく、批判を受け止めることができない」と気づいた。そして、24年大統領選はトランプの再選を阻止するため、民主党に投票するよう呼びかけた。「もし、あなたや国にとって、トランプが良い選択と思っていたなら、それは幻影だ。ザ・アプレンティスと同じだ」
広がり続ける神話 警告は届かず
しかし、トランプ神話はいまも確実に広がり続けている。24年6月から米国に滞在しているが、トランプ支持者は自信たっぷりにこう説明してくれる。「成功したビジネスマンだから、政府を立て直してくれる」「大富豪で金を必要としないから私腹を肥やす必要がない。だから国民のために働いてくれる」「のんびり引退生活を楽しめるのに、アメリカをよくするために選挙に出ている」――。神話が支持理由になっている。
アメリカは24年11月5日、トランプを再び大統領に選んだ。ミラーの警告は無視された。トランプ伝記を書いたシュウォーツやウッドワードの警告も無視された。トランプに仕えた閣僚や軍人の多くが警告したが、それも無視された。いや、文字を読まないアメリカ人が増えたので、警告があったことすら知らないのかもしれない。アメリカはいまもトランプの笛に合わせて踊っている。