毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。
2021.9.09
先生、私の隣に座っていただけませんか? 虚実の間に揺らぐ関係
平穏だった結婚生活が不倫をきっかけに揺らぎだす。そんなありきたりな話が、アイデア一つでこうも面白くなるのかと思わされるコメディーだ。しかも妙にリアルな夫婦の愛憎劇であり、妄想と情念が渦巻く心理ミステリーでもある。若手の堀江貴大監督が自作のオリジナル脚本を秀抜なさじ加減で映画化した。
早川佐和子(黒木華)と俊夫(柄本佑)は結婚5年目の漫画家夫婦。スランプ中の俊夫は、佐和子が不倫をテーマにした新作を描き始めたことに驚きを隠せない。なぜなら俊夫は佐和子の担当編集者・千佳(奈緒)と不倫中だからだ。もしや佐和子はその秘密を知っているのか。やがて漫画は佐和子と自動車教習所のイケメン教官、新谷(金子大地)の浮気をほのめかし、ますます俊夫を動揺させていく。
映画は佐和子の漫画を盗み見る俊夫の視点で進行し、不安に駆られる男のもだえっぷりが笑いを誘う。一方、佐和子はそんな夫の反応を知ってか知らでか、やけにウキウキとした風情で教習所に通い、彼の嫉妬心をかき立てる。同じ屋根の下で暮らしているのに、妻の真意がさっぱり読めない俊夫は、漫画の先行きが気になってしょうがない。
本作の最大の妙味はメタ構造にある。佐和子の漫画が劇中劇として映像化されるのだが、それさえも真実を語っているとは限らない。この不倫漫画は妻の怨念(おんねん)がこもった復讐(ふくしゅう)なのか、はたまた罪悪感にのたうつ夫の白昼夢なのか。漫画という創作が登場人物の現実をのみ込み、映画の虚構性が観客の認識を混乱させる仕掛け、実に巧みで鮮やか。
欧米にはこの手のメタ映画の秀作が多いが、昨今の日本映画では珍しい。俗に「最も身近な他人」と言われる夫婦の微妙な関係性をユーモラスに、そしてちょっぴり恐ろしく描いた。終幕間際のとっておきのひとひねりも好ましい。1時間59分。東京・シネスイッチ銀座、大阪ステーションシティシネマほか。(諭)
ここに注目
実写と漫画部分を行ったり来たりすることで、佐和子と教習所教官との関係を疑う俊夫の疑心暗鬼に、見る者を巻き込んでいく仕掛けが面白い。自作の漫画によって、真綿で首を絞めるように俊夫を追い詰めていく佐和子の静かな怒りが物語に緊張感を与えている。不倫を描きつつドロドロした嫌らしさを感じないのは、俊夫の情けなさを柄本がうまく演じているから。佐和子にあっさり不倫を見破られるような詰めの甘い俊夫には、同情したくなるくらい勝ち目はない。佐和子が俊夫に突きつける結末は優しさと陰湿さにあふれている。(倉)
技あり
平野礼撮影監督は情景的な部分が巧みだ。夜、トンネルの出口に止めた車内での俊夫と佐和子の会話。背景は、トンネルを照らすナトリウム灯のだいだい色と、車の前照灯の青白色との対比を効果として使う。車が走る実景も魅力的。佐和子が家出するカットで、駐車場から緑が豊富な直線路へ、長屋門を抜けていく。あとは実写と漫画のコマが重なる俊夫と千佳のキスシーン。2人を複雑な回り込みで捉えながら漫画をダブらせ、トビ気味で輝く色を足した。堀江監督は「はったりを込めた大仰なカメラワーク」と言うが、うまくまとめた。(渡)