テーラー 人生の仕立て屋 © 2020 Argonauts S.A. Elemag Pictures Made in Germany Iota Production ERT S.A.

テーラー 人生の仕立て屋 © 2020 Argonauts S.A. Elemag Pictures Made in Germany Iota Production ERT S.A.

2021.9.02

テーラー 人生の仕立て屋 再出発、花嫁衣装を縫って

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

アテネの中心部でスーツの仕立屋を営むニコス(ディミトリス・イメロス)が、銀行からの差し押さえ宣告、年老いた父の入院という災難に見舞われる。思い悩んだ末、移動式の屋台をこしらえて市場に出店するが、誰も高級スーツなどには見向きもしない。そんなニコスの元にウエディングドレスの注文が舞い込んでくる。

無口で無表情、昔気質(かたぎ)で几帳面(きちょうめん)な中年男の人生再出発を描くヒューマンドラマである。長年、閉ざされた仕事場で裁縫に打ち込んできた主人公のささやかな冒険を、隣人である東欧移民の母子との心温まる交流のエピソードを絡めて映し出す。ギリシャの経済不況を背景にした現代劇だが、ジャック・タチ風の絶妙な間合いのユーモアがこぼれる映像世界はどこかノスタルジックな味わいだ。

さらに、これが長編デビュー作のソニア・リザ・ケンターマン監督は、ミシンによる作業風景を軽やかなリズムで見せる冒頭から特異なセンスをうかがわせ、ニコスの日常を物陰からのぞき見するようなカメラアングルを多用。異国情緒とペーソスもたっぷりで、見る者をひそやかな悦楽に浸らせてくれる。1時間41分。東京・角川シネマ有楽町、大阪ステーションシティシネマほか。(諭)