日本時間3月13日に迫った第95回アカデミー賞授賞式。そのメインである作品賞の最有力候補と目されるのが、10部門11ノミネートを果たした「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」。その内訳は
作品賞
監督賞:ダニエルズ(ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート)
脚本賞:ダニエルズ(ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート)
主演女優賞:ミシェル・ヨー
助演男優賞:キー・ホイ・クァン
助演女優賞:ジェイミー・リー・カーティス、ステファニー・スー
編集賞
衣装デザイン賞
作曲賞
主題歌賞:「THIS IS A LIFE」
であり、圧倒的な強さを誇る(次いで、「西部戦線異状なし」「イニシェリン島の精霊」が9ノミネート)。ちなみに直近3年分のアカデミー賞ノミネート数を見てみると
【第94回アカデミー賞(2022年)】
「パワー・オブ・ザ・ドッグ」…12ノミネート
「DUNE/デューン 砂の惑星」…10ノミネート
【第93回アカデミー賞(21年)】
「Mank/マンク」…10ノミネート
【第92回アカデミー賞(20年)】
「ジョーカー」…11ノミネート
「1917 命をかけた伝令」…10ノミネート
「アイリッシュマン」…10ノミネート
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」…10ノミネート
となっており、シリアスなドラマ作品が多い中、軽快なイメージのある「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」がノミネートされたことのスゴさが見えてくるはず。
しかし本作、「カオス」とか「ぶっ飛んでる」とか、さらには「マルチバース」とかいわれて、熱は伝わってくるもののどういう物語なのかうまくイメージができない方も多いのではないか。ということで本稿では、「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(通称エブエブ)の概要を簡単に説明しようと思う。
ぶっ飛んでるだけじゃない、普遍的なテーマも内包
まずあらすじだが、超ざっくりと表すなら「夫と共にコインランドリーを経営する女性が、世界の命運を託される」というもの。そこに「マルチバース(多元宇宙)」が絡んでくる。マルチバースというのは、「ユニ(単一)バース」が複数あるという理論。自分と同じ人間が別の世界で別の人生を送っている――というようなパラレルワールド(並行宇宙)的なものだと理解しやすいだろうか。
それが時空を超えてつながってしまう〝事件〟を描くのがマルチバースものの基軸であり、有名なのは「スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム」や「ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス」といったマーベル映画。ちなみに「エブエブ」にも、プロデューサーとして「アベンジャーズ」シリーズのルッソ兄弟が携わっている。
「エブエブ」の主人公はこの世界では主婦だが別の世界ではスター俳優で、別の世界ではカンフーマスターで……といったように全く別の人生を歩んでおり、主人公は別のバースの〝自分〟からスキルをダウンロードして全宇宙を混乱に陥れようとする敵と戦う、というのが本作の概要だ。
主演のミシェル・ヨーをはじめ、キャストたちが複数の〝別宇宙の自分〟を演じ分けており、そこに「スイス・アーミーマン」の監督コンビ、ダニエルズらしいカラフルで奇想天外な世界観が加わるため、見る側が「カオス!」と感じるのも当然だ。編集も相当エッジが利いており、ハイスピード&ハイテンションにマルチバースを行き来する。そういった意味では、ルックの面で「これまで見たことのない」映画という感覚は強く、映画史に残る〝発明〟としての功績も大きい。
ただ単にぶっ飛んでいるだけでは観賞者の評価も熱量も、ジャンル映画としての域を出ないはず。「エブエブ」が世界興行収入1億ドルを超えるヒットを記録したのは、共感性がしっかりと描かれているからであろう。
本作は派手で複雑な〝見た目〟の作品だが、中核をなすテーマは家族愛であり、普遍的で入り込みやすいものだ。そして、性的マイノリティーや移民といった人々を繊細かつ丁寧に映し出しており「私たちの映画」と支持・応援する人が後を絶たないという。
物語の展開に深くかかわるため詳細は見てのお楽しみということで省くが、アバンギャルドに見えて中身は共感性にあふれ、感動的であるという構造は、本作ならではの特長といえる。
ちなみに、「エブエブ」は「ムーンライト」や「ミッドサマー」で知られるアメリカの映画会社A24の作品。同社が製作や配給した作品は第95回アカデミー賞でも「エブエブ」に加えて「その道の向こうに」「ザ・ホエール」「aftersun/アフターサン」「CLOSE/クロース」「Marcel the Shell with Shoes On(原題)」と計6作品がノミネートされている。
作家主義的映画「エブエブ」の大ヒット。アカデミー賞の行方はいかに?
A24とダニエルズの関係は深く、「スイス・アーミー・マン」や「ディック・ロングはなぜ死んだのか?」(こちらはダニエル・シャイナートの単独監督作)で組んできた。A24は気鋭のクリエーターを発掘し複数作品で継続的に組む傾向があり、ダニエルズのほか「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスター監督や「クリシャ」「イット・カムズ・アット・ナイト」「WAVES/ウェイブス」のトレイ・エドワード・シュルツ監督が挙げられる。
「エブエブ」はA24史上最大のヒット作となり、作家主義を貫いてきた同社にとっても、さらにいえばコンテンツ過多の現代におけるひとつの成功例としても、重要な一作となった。
拡大解釈をすれば、大ヒットを飛ばした「トップガン マーヴェリック」が娯楽映画における希望の灯であれば、作家主義的映画として大成功を収めた「エブエブ」はアート映画における導き手の存在といえるのではないか。日本ではどれほどの旋風を巻き起こせるのか、アカデミー賞の行方とともに期待が高まる。
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」は3/3(金)全国公開