「ヒットマンズ・レクイエム」© 2007 Focus Features LLC. All Rights Reserved

「ヒットマンズ・レクイエム」© 2007 Focus Features LLC. All Rights Reserved

2023.2.07

死の使者が見いだす生の意味「ヒットマンズ・レクイエム」:謎とスリルのアンソロジー

ハラハラドキドキ、謎とスリルで魅惑するミステリー&サスペンス映画の世界。古今東西の名作の収集家、映画ライターの高橋諭治がキーワードから探ります。

高橋諭治

高橋諭治

先のゴールデングローブ賞で作品賞、主演男優賞(共にコメディー/ミュージカル部門)、脚本賞の3冠に輝き、アカデミー賞でも8部門にノミネートされた「イニシェリン島の精霊」(2022年)。マーティン・マクドナー監督が「スリー・ビルボード」(17年)以来5年ぶりに発表したこの話題作、すでに多くの人が映画館に足を運び、得体(えたい)の知れない深みを湛(たた)えた悲喜劇を堪能したことだろう。
 
もともとイギリス演劇界の寵児(ちょうじ)であるマクドナー監督は、センセーショナルな内容の「スリー・ビルボード」で一躍映画界でも脚光を浴びた印象があるが、それ以前に「ヒットマンズ・レクイエム」(08年)、「セブン・サイコパス」(12年)という2本の長編映画を発表している。とりわけ「イニシェリン島の精霊」の主演コンビ、コリン・ファレルとブレンダン・グリーソンが共演した「ヒットマンズ・レクイエム」は、ぜひとも押さえておきたい逸品だ。


 

キーワード「おとぎ話の中へ」

アイルランド出身の殺し屋レイ(ファレル)とケン(グリーソン)が、ベルギーのブルージュにやってくる。初めて訪れたこの街でボスのハリー(レイフ・ファインズ)からの指示を待つことになった2人は時間を持て余し、レイは映画撮影現場で出会った美女クロエ(クレマンス・ポエジー)に一目惚(ひとめぼ)れ。一方、ケンのもとには「レイを殺せ」というハリーの非情な命令が……。
 
殺し屋は犯罪映画における最もありふれたキャラクターだが、殺し屋たちがひと仕事終えた後の〝休暇〟を描くという着想がまず面白い。マクドナー作品らしく人物造形が実に細やかで、若手ヒットマンのレイは感情の浮き沈みが激しい。中年のケンはベテランらしく理性的に物事を考える。歴史好きのケンは中世の面影を残すブルージュの風情に魅了されるが、やんちゃな遊び人のレイは「歴史なんて、もう終わったこと」と言い放ち、この街が退屈でしょうがない。「イニシェリン島の精霊」の2人の主人公(おおらかな酪農家パードリックと、気難しいバイオリン弾きのコルム)にも通じるような両者の嚙(か)み合わないセリフの応酬が絶妙の笑いを生む。
 

「ブルージュって、どこだ」異化効果もたらす古都

これまた「イニシェリン島の精霊」と同様に、本作は中盤以降、喜劇から悲劇へと転じていく。レイはロンドンでの殺しの最中に重大なミスを犯した罪悪感にさいなまれていて、ケンは未熟な弟分の彼を殺すことができない。すると業を煮やしたハリーが自らブルージュに乗り込んできて、事態は一気に緊迫していく。何事にも〝筋を通す〟主義のハリーは、理屈っぽくてキレやすい変人キャラ。レイが惚れた映画アシスタントのクロエ、小人の俳優、クロエの元カレのチンピラなど、ユーモラスな脇役たちが絡んで人間模様が激しくうねる予測不能のスリルは、まさにマクドナーの真骨頂だ。
 
また、「In Bruges」という原題がつけられたこの映画は、現地ロケを敢行したブルージュという街自体が重要なキャラクターになっている。「ブルージュって、どこの国にあるんだ?」「ベルギーだろ」。劇中で繰り返されるこのやりとりは、パリ、ローマ、ロンドンほど華やかとは言いがたい観光都市ブルージュのヨーロッパにおける立ち位置を表している。しかし、ある思惑によって手下のレイとケンをそこへ導いたハリーは、「誰もが好きなおとぎの国のような街だ」とブルージュの素晴らしさを手放しで称賛する。
 

痛切な運命を彩るバイオレンス

〝おとぎの国〟は、このクライムコメディーを特徴づける重要なキーワードだ。物語の背景を聖なるクリスマス・シーズンに設定したマクドナーは、霧が立ちこめる運河やライトアップされた広場などのロケーションを活用し、そこはかとなく夢幻的なムードを創出。さらにレイやケンが訪れる教会などの歴史的建造物は、タイムスリップのような異化効果をもたらす。
 
やがてブルージュで交錯するレイ、ケン、ハリーの攻防は、いつしか生と死の分かれ目へと突き進んでいく。人の命を奪うことを生業とする殺し屋たちが、たった一度の人生の意味を見つめ直し、生の尊さを嚙みしめるはめになるという大いなる皮肉。クライマックスに急展開する映像世界は、マクドナーらしい激烈なバイオレンスもさく裂し、もはや後戻りできない殺し屋たちの痛切な運命を、血に染まったおとぎ話、すなわち大人の残酷童話のように包み込んでいくのだ。謎を謎のまま観客に突きつけてくる「イニシェリン島の精霊」ほど深遠ではないにせよ、本作の味わい深さもやはり格別だ。
 

「赤い影」© 1973 National Film Ventures. All rights reserved.

ニコラス・ローグ「赤い影」へのオマージュ

最後に小ネタをひとつ。劇中にはブルージュと同じく運河が流れる古都、イタリアのベニスを舞台にしたニコラス・ローグ監督のオカルト映画「赤い影」(73年)への目配りが盛り込まれている。思えば前作「スリー・ビルボード」にも、人種差別主義者の警官(サム・ロックウェル)が自宅で母親とともに「赤い影」をテレビで見ている場面があった。マクドナー監督の偏愛がうかがえるようで興味深い半面、「ヒットマンズ・レクイエム」の細部や死生観に思いを馳(は)せると、何やら作品そのものが「赤い影」へのオマージュのようにも感じられるのであった。
 
「ヒットマンズ・レクイエム」はU-NEXTにて配信中。
「赤い影」はU-NEXTにて配信中。

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ライター
高橋諭治

高橋諭治

たかはし・ゆじ 純真な少年時代に恐怖映画を見すぎて、人生を踏み外した映画ライター。毎日新聞「シネマの週末」、映画.com、劇場パンフレットなどに寄稿しながら、世界中の謎めいた映画、恐ろしい映画と日々格闘している。
 

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