ひとしねま

2023.3.17

チャートの裏側:娯楽性と融合したテーマ

毎週公開される新作映画、どれを見るべきか? 見ざるべきか? 毎日新聞に執筆する記者、ライターが一刀両断。褒めてばかりではありません。時には愛あるダメ出しも。複数の筆者が、それぞれの視点から鋭く評します。筆者は、勝田友巳(勝)、高橋諭治(諭)、細谷美香(細)、鈴木隆(鈴)、山口久美子(久)、倉田陶子(倉)、渡辺浩(渡)、木村光則(光)、屋代尚則(屋)、坂本高志(坂)。

2週目5位の通称「エブエブ」が、第95回米アカデミー賞の作品賞、主演女優賞、監督賞など7冠に輝いた。最多ノミネートだったから意外性はない。とはいえ、なぜこの作品がここまで評価されたのか。今回よく指摘される多様性の重視ばかりが、その理由ではないと思う。

米国で暮らす中国系の移民家族が、マルチバース(多次元宇宙)という時空間を行き来し、悪と戦う。こう書いても全くわからないが、要はマルチバースにおけるこの世ならぬ破天荒な描写の連続なのである。ときにバカバカしく、ときに下品に進む。めまぐるしい展開だ。

それが、しだいにテーマらしきものが浮上してくる。人の世の果てしない時の移ろいが、宇宙的な問答も加味して提示される。どうやら、マルチバースへの冒険めいた道筋は、人が歩む過酷な人生のリアルな姿と裏腹になっているようなのだ。その読み取りは人によって違う。

アカデミー賞は、エンタメ的な要素とシリアスなテーマが融合する作品を高く評価することがある。本作はバカバカしさに幻惑されると、その視点が見えなくなる。一方で移民、アジア系、LGBTなど多様な要素が隅々に行き渡る。これが評価の対象になったのは間違いない。従来とは中身が全く違うだろうアカデミー賞効果に期待である。(映画ジャーナリスト・大高宏雄)