「リトル・リチャード:アイ・アム・エヴリシング」© 2023 Cable News Network, Inc. A Warner Bros. Discovery Company All Rights Reserved.

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2024.3.08

現代にこそ刺さる ロックの原点にして闇深きトリックスター「リトル・リチャード アイ・アム・エヴリシング」

音楽映画は魂の音楽祭である。そう定義してどしどし音楽映画取りあげていきます。夏だけでない、年中無休の音楽祭、シネマ・ソニックが始まります。

ひとしねま

川崎浩

デビッド・ボウイやフレディ・マーキュリーが登場した時に、あるいは初めて聴いたパンクロックに、なにやら既視感を感じた人も多いのではないか。「どこかで見たぞ」「どこかで聴いたぞ」と。そう、その感覚の原像はこの映画の主、リトル・リチャードである。オールディーズ好き、ロックンロール好きで知らぬ者はない大物中の大物であるが、絶頂期ははるか昔。2020年に亡くなった折にその存在を思い出した人も少なくなかろう。なぜ今伝記映画なのか、といぶかるのも当然。その回答はこの映画にある。ファンでなくとも泣かせるのでご注意を。

ゲイ、ロックンロールの原点、「ロックは悪魔」そして復帰

人名録的に書けば、1932年に米国ジョージア州の貧しい黒人家庭に生まれる。同性愛者のため父親に嫌われて家を追い出され、苦労をしながら好きな歌の道へ進む。50年代初めに、「トウッティ・フルッティ」「のっぽのサリー」「ルシール」「ジェニ・ジェニ」など、ロックンロールの原点、ロックンロールのスタンダードとも言える作品を立て続けに発表して黒人社会で大ヒット。すぐさま、白人にも広がり、同名映画主題歌「女はそれを我慢できない」(56年)が世界的ヒットを果たして、チャック・ベリーやファッツ・ドミノと並ぶ大スターの仲間入りを果たす。

同性愛者であることを隠さず、派手な化粧に細い口ひげ、動きの激しい歌唱とピアノ演奏、歌に交じってインパクトを与える鳥の鳴き声のような甲高いボイスなど、ほかの歌手と全く異なるキャラクターで唯一無二の居場所を獲得する。

ところが、女性と結婚して、57年に神学を学ぶために引退し、牧師となる。そのころは「ロックは悪魔の音楽」としてゴスペルを歌っていた。が、62年に復帰する。復帰コンサートの前座はビートルズ。86年にはロックの殿堂入りし、96年のアトランタ五輪では閉会式に出演した。2013年に再引退し、20年5月に87歳で死去。

貧富、人種、性指向、信仰……現代を照射

こんなデータ的な文言だけでも十分魅力的な音楽家と認識できるが、その中に現代社会の抱える繊細にして微妙な火薬庫に直接つながるテーマがいくつもちりばめられているのも分かる。それは、貧富、人種、性指向、信仰といった今の社会の最重要課題である。当然のことながら、できたてのこのドキュメンタリー伝記映画は、そこに焦点を当ててくる。過去の映像は見事に的を絞って編集される。

ということで、「ロックンロールの始祖」を描いた音楽歴史学的ドキュメンタリー映画という単線的直線的な作品ではない。もちろん、そのことを抜きにして語ることはできない。ポール・マッカートニーやトム・ジョーンズらスーパースターがリトル・リチャードの音楽的功績を述べるシーンも実に興味深い。だが、胸にザクザクと切り込まれるのは、昔なじみやゲイ仲間の「あいつはね……」という体感的な言葉である。彼自身のインタビュー映像も強烈で、すべてが複層的な様相を見せる。

見る者を魅了する強烈な自我

近年、洋画界ではミュージカル映画や音楽をテーマにした映画が続いている。それだけでなく、伝記ものやドキュメンタリーも少なくない。それらは、はっきり言って地味である。本作品も本人の派手さと比べれば地味である。「ドリームガールズ」のような脚色した物語にした方がテーマも分かりやすかったかもしれない。ただ、見終わったら分かるが、リトル・リチャードの激烈な自我が発する、己が抱えた問題は本人映像でこそ見る者に重く深く印象付けられる。

役者が演じたのでは、一風変わった50年代のポップスターで片付けられたであろう。その点、変人ぶりをまるで道化師や偽悪者・露悪者のごとくユーモアたっぷりにしこたま開陳する映像は、寂しく悲しく哀れでもあるが、社会的、メディア的な記録としても極めて貴重である。

70年前に降り立った現代の予言者

この愛すべきスーパースターの語り口は、歌以上に痛快である。辛気臭くももったい付けもない。ナチュラルで天才的である。それを見るだけでも価値がある。当時からのファンであり字面ではこれらの問題点を読んだことのある筆者も、ナマの語り口は今作で初めて見た。「ガイ・フォークス・マスク」風メークで「おだまり!」的な言葉を発すると、マツコ・デラックスのようなトリックスターのキャラを重ねてしまうが、リトル・リチャードの闇はもっと深い。もっと女性の話を、宗教の話を、差別やおカネの話も聞きたかった。だが、もういい。見終わって思うのはリトル・リチャードはつまり、70年前に地上に降り立った「現代の予言者」だったということだ。安易な解決策を語るわけはない。

ライター
ひとしねま

川崎浩

かわさき・ひろし 毎日新聞客員編集委員。1955年生まれ。音楽記者歴30年。映像コラム30年執筆。レコード大賞審査委員長歴10回以上。「キングコング対ゴジラ」から封切りでゴジラ体験。

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