「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」ⓒ2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」ⓒ2022 STARMAN PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

2023.5.12

生きたボウイに何度でも出会える! 彼の宇宙を描く異色のドキュメント 「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

北澤杏里

北澤杏里

2016年1月8日、69歳のバースデーにアルバム「★(ブラックスター)」を発表し、その2日後にこの世を去ったデヴィッド・ボウイ。ロック界にSFやアートを持ち込み、世界に多くの影響を残した彼のドキュメントムービー「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」が公開された。
 

彼が生み出した宇宙と社会現象を追体験

この映画は通常のドキュメントとは異なり、全編を通してデヴィッド・ボウイ本人の語りで構成されている。映画はボウイのモノローグから静かに幕を開ける。
 
「時間・・・・・・、それは最も複雑な表現のひとつだ。記憶がそれを顕在化する。それは過去と未来にまたがるものであり、今という現在に存在するものではない。いや、むしろ現在に無関心でいるようにも見える。そこには理解できないほどの緊張感がある。(中略)
すべては儚(はかな)い。それは重要なことなのだろうか? その価値はあるのだろうか?」
 
ヒマラヤのチベット僧院から吹き渡るロングホーンを思わす重低音が響きわたるなか、私たちは哲学的で謎めいたこの言葉とともに、2時間15分の旅に出る。「時間」というキーワードを抱き、高揚感あふれるサウンドと未公開の映像、そして重厚な言葉に導かれて、彼が生み出した宇宙と社会現象を追体験していくことになる。
 
孤独、生と死、信仰、カオスなどをテーマに語る彼の言葉を主軸にして、この映画は数多くのライブ映像、インタビュー動画、さらにボウイが撮影した未公開映像で構成されている。今回初めて公開された映像は、1970年代のライブシーンに始まり、パントマイム、映画、絵画、彫刻、ビデオ、ステージアクト、ダンスパフォーマンスにまで及んでいる。
 

精神力の強さと創造力の豊かさを描く

16歳で「誰もしなかった大冒険をする」と決め、70年代初頭、きらびやかなメークを施した両性具有の「ジギースターダスト」としてスターダムに駆け上がっていく若き姿。アメリカでドラッグ浸りになった後、ベルリンに移り住み、素の自分に戻るためにセルフトリートメントしながら、実験音楽や絵画に向かう真摯(しんし)な姿。京都という静寂の地で、思索する姿。よりシンプルな表現を求めて83年にリリースした「レッツダンス」でチャートを総なめにして世界のトップスターになっていく精悍(せいかん)な姿。年齢を重ねるごとによりアグレッシブな芸術を生み出していく美しい姿。それらすべてを通して、映画はボウイの精神力の強さと創造力の豊かさを描き出していく。
 
ただし、その描き方は、風変わりで斬新、しかも刺激的だ。なぜなら、時間軸に沿って彼の生涯が描かれるわけではないから。この映画の中で時間軸は溶けており、変化するボウイの姿が前後しながら描かれる。難解な言葉。高音質の爆音と光のフラッシュ。数秒ごとにおびただしく移り変わっていく膨大な量の映像。まるで、監督は言葉と音と映像の断片を集め、コラージュという手法で、ボウイの宇宙を形而(けいじ)上的に生み出そうとしているかのようだ。
 

いつか映画を撮るつもりだ

監督は「くたばれ!ハリウッド」やカート・コバーンのドキュメント「モンタージュ・オブ・ヘック」で知られるブレット・モーゲン。ボウイが30年間保管してきた秘蔵のアーカイブ映像を渡され、07年からインタビューを重ねて作り上げたという。監督は2年間、週6日、ボウイから渡された資料を朝から晩まで見続けたそうだ。
 
私がデヴッド・ボウイにインタビューした時、彼は「70年代から自分でビデオを撮りためている。いつか映画を撮るつもりだ」と語っていた。その映像が今回の作品になったと思うと感慨深い。この映画が異色の美を放っているのは、モーゲン監督の才能はもちろん、素材を提供したボウイが、この映画の質を形而上の美の世界へと高めているからにほかならない。
 
さらに、映画内で流れる40曲のうちの多くが長年ボウイのプロデューサーをしてきたトニー・ヴィスコンティによって、よりシャープに、より色鮮やかにリミックスされている。一音一音がきらめいているものだから、ライブ会場にいるかのような幸福感と高揚感を覚える。
 

生きたボウイに何度でも出会える

映画はこんなメッセージで幕を閉じる。
 
「大切なのは何をするかで、時間のあるなしや、望みなんか関係ない」
 
「私は死に近づいている。あなたも死に近づいている。1秒、また1秒ごとに」
 
「人生は素晴らしい。そこに終わりはなく、ただ変化があるだけだ。肉から石へ。そしてまた肉へ、巡り巡っていく。さあ、歩き続けよう」
 
ボウイ財団公認映画「デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム」は、自分の死まで作品にしてしまったボウイの特異性と精神性の高さを表現する異色のドキュメント作品だ。これは、ボウイが私たちに残してくれた別れの贈り物。このフィルムが存在する限り、私たちは生きたボウイに何度でも出会える。

ライター
北澤杏里

北澤杏里

Writer
1982年大島渚監督映画「戦場のメリークリスマス」の撮影地へ取材のため同行。その後、「戦メリ」のムック本「GOUT」「デヴィッド・ボウイ詩集、「デヴィッド・ボウイ鋤田正義写真集 氣」などを編著。音楽、美術、哲学に関する記事のほか、海外旅行記事などを多数執筆。著書に「ダライ・ラマ14世講演集LOVE?」「超訳カント」「超訳デカルト」「ソーシャルディスタンス対応いたしました」などがある。