「春や春」(著・森谷明子)光文社文庫 定価814円

「春や春」(著・森谷明子)光文社文庫 定価814円

2022.8.11

17音に青春懸ける女子高生 静と動で描く俳句甲子園「春や春」

出版社が映画化したい!と妄想している原作本を担当者が紹介。
近い将来、この作品が映画化されるかも。
皆様ぜひとも映画好きの先買い読書をお楽しみください。

ひとしねま

伊藤亜紀子

かつてはあまり日の目を見なかった文科系。それが映画の題材として取り上げられ、広く世に知られるようになりました。たとえば、競技かるたを題材にした少女漫画「ちはやふる」。囲碁をテーマにした漫画「ヒカルの碁」(アニメ化)ではその影響を受け、実際に碁に親しむお子さんが増えたことで社会現象としてニュースで報じられたこともありました。
 

カルタ、囲碁、絵画…文科系漫画ヒット

最近では、よりコアな世界が好まれるのではないでしょうか。漫画「ブルーピリオド」もその一つ。不良優等生が美術部に入ったことをきっかけに絵を描く魅力にとりつかれるのですが、読者は美術大学受験予備校や入試など一部の人しか知らない事柄に触れることができます。ごく一部の漫画を紹介しただけですが、いずれも内容の面白さは言うまでもありません。
 
小説も負けていませんよ。ご紹介する「春や春」は、全国高等学校俳句選手権大会(俳句甲子園)を目指した女子高校生たちの青春+ちょっとした日常の謎が組み合わさった作品です。


 
タイトルとなっている「春や春」。俳句の一部分で、「や」というアクセントによって春の訪れを喜ぶ思いが表されています。
 
この作品は、さまざまな女子高生たちが登場する連作短編集です。登場人物たちそれぞれの視点で章立てが考えられており、俳句甲子園を目指すまでの姿が描かれます。
 

気持ちとぴったりの言葉に出合う快感

最初に登場する茜は、俳句が大好きな高校2年生。父の影響で幼い頃から俳句に親しんでいました。とはいえ、子供にとっては俳句の会に親に連れられても退屈なだけ。それでも参加者の中に同世代の男の子がいたことによって、彼に会うことを楽しみにしながら俳句の不思議な世界にハマっていきます。
 
文学少女ならぬ俳句少女となった茜。普段はおとなしいのに、結構意志の強いところがあります。それを表すのが、国語の授業で教師が俳句を飛ばそうとしたときです。臆せずに教師に意見を述べたことで、特別授業として茜が俳句を解説することになるのでした。
 
茜の授業はほとんどの生徒が関心を示さないなか、それでも俳句に興味を持つ生徒や、茜自身に好奇心を持った後輩が現れます。負けず嫌いの茜に話しかけてきたのは同級生のトーコ。彼女が茜の初恋にもかかわってきます。「どうせやるなら、俳句甲子園に出よう」と、茜はトーコとともに同好会を立ち上げてメンバー集めに奔走します。
 
17音の短い言葉で自分の気持ちにぴったりの言葉に出合ったときの快感。俳句の沼にハマった茜の体験が原動力となって、真っすぐに突き進んでいくのです。
 

若手俳優そろえた群像劇、しかも低予算!

映像化へのおすすめポイントは、
◎青春群像劇として、親の世代も主人公の同世代も楽しめる
◎今後ますます活躍するであろう若手の俳優たちを起用して冒険ができる(「桐島、部活やめるってよ」「ソロモンの偽証」など)
◎主人公を誰の視点によって描かせるかで映像ならではのオリジナリティーが生まれる
◎舞台は限られているので低予算で製作できる
 


本作は、大森一樹監督の「恋する女たち」のようなユーモラスでセンチメンタルに描かれた女子高生たちの姿にも通じるところがあり、群像劇としての魅力がポイントだと思います。また、大林宣彦監督の「時をかける少女」の主人公(原田知世)のような、人々の記憶に刻まれるヒロインをこの作品で目指してみませんか。さらには相米慎二監督の「風花」のような映像美を作品の中にふんだんに取り入れるのはどうでしょう。
 
俳句甲子園の全国大会は、愛媛・松山で行われます。松山城や商店街、四国愛媛の美しい海沿いを走る観光列車や街中を走る路面電車など最高のロケーションであることは間違いありません。そこに「知のバトル」という頭脳戦を組み込むことで日常の「静」と大会の「動」の対比を作り、極上のエンターテインメント作品ができるのではないかと胸を膨らませます。
 

5人1チーム、対戦相手と句を競い質疑応答

コロナ禍前ですが、予選にあたる地方大会を見学したことがあります。場所は、羽田空港。国内線の搭乗手続きをする階です。当時は、いくつものお店が並ぶ中、吹き抜けの空間で行われました。
 
大会は、1チーム5人の編成です。特設会場が設けられており、お題に対して個々が詠んだ句が大きな短冊に掲げられます。通りかかった人たちが「何をやっているんだ?」と立ち見する姿もちらほら。オープンな空間なので参加者の中には緊張した表情の高校生も少なくありません。



総当たり戦なので、チーム2校ずつでお互いの句に対して質疑応答が繰り広げられます。採点は単なる句だけにとどまりません。相手チームからの質問に対するやり取りも評価対象です。なぜその言葉を用いたのか。Aという語ではなくBという語を用いた理由の説明など、チーム一人一人の句が勝敗に大きくかかわってきます。
 
映画では今をときめく若手俳優たちの姿を通して熱き戦いが描かれつつ、学校生活という日常と、空港内などでの非日常の風景を臨場感たっぷりに盛り込むと面白いと思うのです。
 

コロナ禍経て「日常」の輝きを

「春や春」はいくつもの高校入試に取り上げられたほか、お陰様で舞台を変えて俳句甲子園を題材にした第2弾「南風吹く」も刊行されています。
 
著者の森谷明子さんですが、「緑ヶ丘小学校大運動会」(双葉社)など小学校や図書室など日常の身近な場所を題材にした作品を上梓(じょうし)されているほか、オリンピックを意外な題材にして描いた長編ミステリーなどで知られています。
 
コロナ禍ではさまざまなイベントが中止や延期を余儀なくされました。また少しずつ行われるようになってきましたが、かつては高校野球の中止をはじめ、多くの中学生や高校生たちの「青春」が奪われてきました。「日常」の大切さをかみしめる今、その輝きの瞬間を映像で捉えられたらと願わずにはいられません。
 
五七五で表現する面白さと難しさ――。
俳句甲子園の全国大会は今年で25回を迎えます。この8月、高校生たちのひたむきな情熱とすばらしい知性が輝く機会を、より多くの方に知ってもらえるとうれしいです。
 
最後になりますが、17音から成るきらめく世界に一歩、足を踏み入れてみませんか。

ライター
ひとしねま

伊藤亜紀子

いとう・あきこ 新聞記者を経て光文社入社。翻訳編集部、文芸図書編集部などを経て現在、宣伝部。文芸図書編集部在籍時に担当して映像化された作品は「上流階級 富久丸百貨店外商部」「今はちょっと、ついてないだけ」など。ミステリー、エンタメ、純文学、ノンフィクションなどジャンルを問わずして面白そうな本を読むのが幸せ。
 

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