©2022「TELLME」製作委員会

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2022.7.06

レッドシューズオーナー門野久志がhideと弟・ヒロシと見た景色:「TELL ME ~hideと見た景色~」

誰になんと言われようと、好きなものは好き。作品、俳優、監督、スタッフ……。ファン、オタクを自認する執筆陣が、映画にまつわる「わたしの推し」と「ワタシのこと」を、熱量高くつづります。

門野久志

門野久志

私は、この映画の主人公であり、今井翼演じるhideの弟・松本裕士(ヒロシ)とは普段から親しくお付き合いしている。コロナ禍で映画の撮影延期が余儀なくされたと聞いていたが、7月8日にようやく公開できることを本当にうれしく思う。ぜひともヒロシ本人に、おめでとうという気持ちを伝えたい。
この映画は、hideが残した音楽を世に届けるため奮闘する弟と仲間たちを描いた感動の物語である。映画なので事実と異なるところもあるが、やはり私もそばで実体験した身なので、さまざまな記憶を呼び起こすこととなり、涙無くしては見られぬ作品であった。
残されたマネジャーであるヒロシの苦悩、メンバー同士の意見のぶつかり合いの中のアルバムの制作、一部の心無い批判の声、主役のいないツアーの決行……。そんな映画の数々のシーンを見ていたらあのころが思い出されてきた。ちょっと昔話につき合ってもらいたい。


 

hide、ヒロシとの出会いからあの日まで

私の記憶は30年以上も前にさかのぼる。
hideとの出会いは、西麻布にあった先代レッドシューズ。
 
レッドシューズとは1980年代一世を風靡(ふうび)した「カフェバー」ブームの火付け役となったお店で、ここを皮切りにレッドシューズの様式をまねた「カフェバー」と呼ばれる店が全国津々浦々にできていった。そして「カフェバー」の本家であるレッドシューズは、日本の音楽業界やファッション業界、クリエーターたちの社交場となっていた。
私は入りたてのレッドシューズのスタッフ、hideは私も認識していたブレーク中のロックバンドXのギタリスト。
 
私は、カウンターの中から彼を見ていた。すると突然、隣のバンドマン風の男に怒鳴り出した。
「テメー! この野郎‼︎」
今にもかみ付きそうな勢いだった。
 
その後、何度か彼が来店する度に少しずつ話すようになり、そのうち私のことを「モンちゃんモンちゃん」と慕ってくれるようになった。
 
私が独立してラリーという店を西麻布に開いた時も、ヒロシに「モンちゃんが店を開いたから、探せ!」と命令して、探し出して来てくれた。まだインターネットが普及しておらず、店を探すのも容易ではなかった時代だ。
 
その頃、彼に「インターネットはスゲー! モンちゃんもやりなよ!」と言われ、私もパソコンを手に入れることになった。彼は新し物好きで、面白い物を常に探すアンテナを持っていた。
 
hideはラリーに入り浸り、友達を集めて朝まで飲んだ。仲間を集めて飲むのが好きだった。
カウンターに座り一人で飲むときは、私は彼の向かいのDJブース前にいて「今日こんなレコード買って来たんだ!」と言ってレコードを見せて音楽の話をしたりした。同い年で、今まで聴いてきた音楽も似ていて、話も合った。
 
ヒロシは最初の頃、店の外で待機していることが多かったが、ふたりでLUNA SEAのJのライブに行ったりして一緒にいることが徐々に増えていった。hideがLAに行って東京にいないときは、一人で飲みに来ることもあった。
 
男兄弟は、兄貴は絶対で弟は大抵兄貴に奴隷のように扱われる。親も、長男は初めての子で猫可愛がりし、弟はいつもほったらかし。時には「弟なんだから」と虐げられる。だから長男は甘えん坊、次男は精神的に強くなる。松本兄弟も例外では無かった。
でもhideはヒロシのことを本当は大切に思い、信頼していたのだと思う。その強い信頼が、強い態度になって出ていたのだろう。なかなか人に甘えられない性格だったし、完璧主義者でもあったせいか、アーティストと社長業の両方を完璧にこなそうとしていた。
あれだけ抱えているものが大きいのに。彼にとって大き過ぎたのだろうか……。
 
hideは、あの時代に確実に世界を狙っていた。
私は仕事柄同世代のいろんなアーティストと接していたが、彼の考えは他の人と次元が違っていた。彼がもし生きていたら、日本のロックシーンは間違いなく変わっていたと思うと、私はなおさらあの日を後悔せずにはいられない。
 
5月2日の早朝は、hideとラリーで二人きりになった。
メンバー仲間ともめ事になり、半ばあきれるように一人二人と帰って行ってしまった。特別なことがあったわけでもなく、でもあとで思い返せばいつもとは違った。
「俺が必死になって『Spread Beaver』を作ったのに、誰もわかってくれない!」と、だだっ子のように泣きじゃくった。
そんな彼を私は慰めた。あの時もう少し一緒に居てあげられていたならば……。
 

hideが残したものを今なお生き続けさせる弟

彼の亡き後、ヒロシは兄であり日本が世界に誇るアーティストhideの残した仕事を必死に形にした。
プレッシャー、反発、誹謗(ひぼう)中傷……。さまざまなものと戦い、彼はみんなの中にhideを生き続けさせた。それはX JAPANの再結成にもつながったし、hideの存在がいろんなミュージシャンやさまざまな人に影響を与え続けた。
 
偉大な兄貴と、それを支えてその存在を今もなお世に知らしめる弟。
この二人がいてこその〝ロックスターhide〟なのだ――。
 
昔話が少し長くなった。
 
この映画はそんな彼の奮闘と、幼い頃からの兄との関係を描いたものだ。残されたファンを思い、ファンのため、そして実の兄のために、死に物狂いで生きた弟の感動のストーリーだ。
ぜひhideを好きな人に見てもらいたいし、hideのことをあまり知らない人にも見てもらいたい。そしてもっとhideの音楽に触れてもらいたい。
 
ジミ・ヘンドリックスやジム・モリソンやジャニス・ジョプリンの残した音楽が今でも生き続けているように、hideの音楽も生き続けてほしい。
それが永遠となるように。

TELL ME ~hideと見た景色~

X JAPANのギタリストとして、ソロアーティストとして、時代を超えて支持されるロックのカリスマ“hide”。hideのマネージャーを務めた実弟・松本裕士による著書「兄弟 追憶のhide」(講談社文庫刊)をもとに、『今日も嫌がらせ弁当』(19)の塚本連平監督が、遺されたhideの音楽を弟と仲間たちが世に送り出す希望の物語を描く。

ライター
門野久志

門野久志

生誕40年を迎えたロックの迎賓館レッドシューズの2代目オーナー。 また西麻布にロックスナック、ラリーをも営む。 RSJP代表。 福井県出身。
関連書籍
 森永博志/門野久志 『レッドシューズの逆襲』主婦と生活社 
 森永博志 『続ドロップアウトのえらいひと』東京書籍
 田代洋一 『ロックな生き方』JUICE MOOK
『東京ブルーズ&ロック地図』交通新聞社

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