「自由研究には向かない殺人」

「自由研究には向かない殺人」© 2024 Netflix, Inc.

2024.8.12

英国ミステリー好きにおすすめ! 「ウェンズデー」エマ・マイヤーズ主演、決着済み事件を調べるミステリー「自由研究には向かない殺人」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

ひとしねま

須永貴子

英米でベストセラーとなったヤングアダルトミステリー小説を実写化した、Netflixシリーズ「自由研究には向かない殺人」(全6話)が8月1日から配信中だ。原作を読んでいない筆者は、このタイトルにかれて第1話を見始め、一気に全6話を完走した。
 
原作は、2019年に刊行されたイギリス人作家、ホリー・ジャクソンのデビュー作「A Good Girl's Guide to Murder」だ。日本では21年8月に「自由研究には向かない殺人」(東京創元社)のタイトルで刊行された。シリーズは第2作「Good Girl, Bad Blood/優等生は探偵に向かない」を経て、第3作「As Good As Dead/卒業生には向かない真実」で完結済みである。
 

自由研究のテーマは5年前の女子高生失踪事件!

舞台はイギリスの架空の田舎町、リトル・キルトン。ケンブリッジ大学を目指す頭脳明晰(めいせき)かつ成績優秀な高校生のピップは、大学入学の資格を得るために必要な自由研究(EPQ)の題材として、5年前の失踪事件を調べ始める。
 
5年前、17歳の少女アンディ・ベルが失踪し、交際相手のサル(サリル・シン)が殺害を自白して自殺した。アンディの遺体はいまだに発見されていない。
 
誰に対しても優しかったサルが犯人だとは、ピップにはどうしても思えなかった。いや、個人的な理由から、犯人であってほしくなかったのだ。彼女はサルの無実を証明するため、自由研究を口実に、事件の関係者にインタビューを開始する。
 
情報収集には日常の出来事がオープンに記録されているSNSをフル活用。そこからみ取れる人間関係の変化を推察し、新たな事実を特定していく。匿名の脅迫文が届いても〝自由研究〟をやめないピップは、住民たちの秘密が複雑に絡み合った果ての真相にたどり着く。
 

ドラマ「ウェンズデー」でブレーク、エマ・マイヤーズが見る人を魅了する

このドラマシリーズは、ピップ役にエマ・マイヤーズをキャスティングした時点で成功したと言っても過言ではない。
 
エマ・マイヤーズは8歳で俳優としてのキャリアをスタートし、Netflixシリーズの「ウェンズデー」(2022年)で主人公の親友、イーニッド役を演じてブレクを果たした。翌年にはNetflix映画「ファミリー・スイッチ」に、そして24年は本作と、Netflix作品で連続して主演する快進撃を見せている。
 
ピップは好奇心が旺盛で、鋭い観察眼や洞察力を持ち、機転も利く、クレバーな少女だ。だが、まだまだ未熟な部分もあるので、夢中になると周りが見えなくなり、大切な人を傷つけてしまうこともある。そんなとき、彼女の瞳は潤み、後悔に揺れ動く。
 
ピップの感情のゆらぎを、瞳で雄弁に表現するエマ・マイヤーズ。彼女の顔を、カメラが真正面からアップでとらえるショットが多用されている。エピソードごとに新たな表情を見せて、変化していくエマ〝ピップ〟マイヤーズに、最終話まで目を奪われっぱなしだった。
 

英国ミステリーのファンはニヤリとなるシーンも

ピップのバディとなる人物が、サルの弟、ラヴィである。加害者遺族としてつらい日々を送っていたラヴィは、ピップへの協力を決意する。次第に名コンビになっていく2人が、どちらがシャーロック・ホームズかジョン・ワトソンかで楽しそうに言い合う場面がある。そこでベネディクト・カンバーバッチとマーティン・フリーマンの名前を挙げるやりとりに、ミステリーファンはニヤリとするだろう。
 
年季の入ったミステリーファンは、ピップが度々見舞われるスリリングだがベタな難局を、主人公だけに許された〝幸運〟で切り抜けていく展開に、ややげんなりするだろう。また、調査のためなら、と他人の家に不法侵入し、器物損壊や窃盗をしても全くペナルティーが発生せず、〝Good Girl〟のピップが心を痛めていない様子にもモヤモヤする。
 
しかし、それらを補って余りあるのが、繰り返しになるが、エマ〝ピップ〟マイヤーズの魅力である。高校生が主人公のミステリーは行動範囲が限定されがちだが、ピップはファミリーカーで(イギリスでは、普通自動車免許を17歳で取得可能)、自分の行きたい場所へ、行きたい時に、自力で行く。非常に現代的で、新しい主人公が誕生した。
 

舞台となる架空の町の、英国的な可愛さと二面性も見どころ

舞台となるリトル・キルトンも視聴者をひき付ける。この架空の小さな町は、歴史ある建造物とカラフルな住宅で構成されていて、とても英国的で可愛らしい。だが、周囲には美しくもうっそうとした森が広がり、洞窟で秘密のパーティーが開催され、木々の枝には幾つもの黒いリボンが結ばれている。
 
この町と森の対比は、〝Good Girl〟のピップが知ることになる、〝大人の表と裏〟に重なる。大人の社会性を町に、誰にも見せない本性や本音を森に置き換えてもいいかもしれない。ピップは、「大人とはこうあるべきだ」という偏見ともいえる理想を抱いていたが、自由研究によってそれが幻想だったことを知る。
 
すなわち森は、善人と悪人では分けられない人間の複雑性や多面性、そして大人になっていくピップが感じる混乱、不安、恐怖のメタファーでもある。その暗い森の中にある、の光が差し込む小さな池は、ピップにとっての安全地帯だ。そう考えると、そこで密会を重ねる人物がピップにとってどんな存在なのかは一目瞭然だろう。
 
「自由研究には向かない殺人」で、Good Girl〟は安全な町を出て、森に足を踏み入れた。少女から大人への過渡期を迎えたピップの、その先の冒険が気になって仕方がない。シリーズの続編がNetflixから届く前に、原作小説に手を出すしかなさそうだ。
 
Netflixシリーズ「自由研究には向かない殺人」は独占配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。

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