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2024.1.22
夫を失い悲しみに沈む刑事が猟奇殺人犯を追う、台湾産クライムスリラー「この心亡き者」:オンラインの森
「ニキータ」(1990年/リュック・ベッソン監督)のアンヌ・パリローや、「リボルバー・リリー」(2023年/行定勲監督)の綾瀬はるかなど、拳銃を手にしたヒロインがアイコニックな映画は枚挙にいとまがない。12月31日にNetflixでリリースされた台湾映画の「この心亡き者」も、このくくりに入れたくなるクライムスリラーだ。
夫の後を追おうとした女性警部補が偶然変死体に遭遇する
警部補のウー・ジエ(チャン・チュンニン)は1年前、うつ病を患っていた夫が自家用車の中で拳銃自殺した。悲しみの底からはい上がれない彼女は、大みそかの夜に夫と同じ車の中で、同じ方法で命を絶とうとしていた。ところがすぐ近くで女性の変死体が発見される騒ぎが起きて、自殺は未遂に終わる。上司はジエを心配し、新入りのウェイシャン(クロエ・シャン)の指導係に任命し、2人に女性の変死事件を担当させる。
検視によると、死体には一酸化炭素中毒の症状が見られ、全身の血と心臓が抜き取られ、左手の薬指が切断されていた。検視官は「かつて、心臓と薬指の間に『愛の静脈(ベナ・アモリス)』という静脈が流れていると信じられていた」と言う。この猟奇殺人犯が愛の静脈を信じているとしたら、なんて迷惑なロマンチストだろう。
変死体の身元がタイ人の不法就労者、ワリー・ナポと判明する。その情報を匿名で提供した人物は、やはりタイ人の不法就労者で10年間逃亡しているアマンという男性だった。ワリーの妹のサイピン・ナポも、彼女に電話をかけてきたインドネシア人の女性で、後に死亡が確認されるイエティ・アユニも不法就労者だ。これら4人の不法就労者とつながっている、ワリーの元恋人でブローカーのリン・ユシェン(イーサン・ルアン)が、事件の鍵を握る重要人物として浮上する。
不法就労している外国人女性ばかりを狙う猟奇殺人犯を、夫を拳銃自殺で失った、心身ともに絶不調の女性刑事が追いかける。バディーのウェイシャンは、警察学校を首席で卒業したエリートだが、小柄で可愛い新人刑事。この非力なバディーは案の定、ある人物を確保しなければいけない場面で、ウェイシャンが突き飛ばされて水瓶に落ち、ジエの拳銃が奪われて自死されてしまう。上司は「女性刑事2人を組ませた自分に落ち度がある」と2人のバディーを解消させるが、たしかに非力がすぎる。
死への誘惑に囚われた主人公。事件を追う中で変化する心の軌跡に見応えが
クライマックスでも、ジエは応援も呼ばずに犯人と2人きりで格闘する。ワリーの死因が一酸化炭素中毒なのに、そこに対する警戒心もゼロ。おそらく制作陣は、他の作品では輝くばかりに美しいチャン・チュンニンがボロボロになっていく姿を撮りたかったのかもしれない。どう考えても刑事として脇が甘いが、殺人犯に首をしめられて白目をむく表情は必見だ。
とはいえウー・ジエは基本的にポーカーフェースで、声を荒らげることもなく、死体を見ても一切動じない。一方、バディーのウェイシャンは表情豊かで、検視中に吐き気をもよおし、おでこに居眠り跡をつけ、自分のミスでウー・ジエの拳銃が奪われたことを悔やんで一筋の涙を流す。暗と明、静と動のコントラストをつけたキャスティングが機能し、お互いの魅力をうまく引き立てあっている。
拳銃はつまり、ウー・ジエの非力を補う武器である。夫の生命を奪い、一度は自分の喉元にも向けた拳銃で、興奮した男性への威嚇射撃をしたり、また別の興奮した男性を制するために銃弾を膝に撃ち込んだり(歩けなくなったらどうするんだ……)。正直刑事としてめちゃくちゃなことをしているのだが、絶体絶命のピンチを脱出するために拳銃を捨てて違う方法を選択したときに、拳銃に囚(とら)われた刑事がその呪縛と死の誘惑から解放されるというカタルシスがたしかにあった。
ミステリーとしては、「なぜユシェンの周りの不法移民の女性ばかり殺されるのか?」「犯人はなぜ遺体を違法雇用主に送りつけるのか?」「死体から心臓を抜き取り左手の薬指を切り取る理由は?」というポイントを意識しながら見ると、初見でもロケーションやディテールを楽しめるだろう。
また、本作を見ると、不法移民たちの不安定な心情や声を上げられない状況が、猟奇殺人犯に限らず加害者にとって、非常に好都合であることがわかる。タイトルの「この心亡き者」は、心臓を抜かれた死体を指していると同時に、不法移民が人の心を持つ存在として扱われていないことを示唆しているのだろう。英題の「The Abandoned(見捨てられた者)」はより直球だ。
Netflix映画「この心亡き者」は独占配信中。