「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」より

「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」より

2023.9.04

報道との向き合い方を考えさせられた犯罪ドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

村山章

村山章

Netflixオリジナルのドキュメンタリー映画「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」が、50カ国以上でNetflixの視聴ランキングのトップ10に入ったという。海外のスタッフも多数参加している作品だが、日本人監督が描く日本で起きた一事件を扱ったドキュメンタリーにここまで注目が集まっているのは異例の事態といっていい。
 


「ルーシー・ブラックマン事件」を当時捜査にあたった警察OB、OGの証言をメインに構成

同事件が起きた2000年当時に物心がついていた人なら、おそらくルーシー・ブラックマンという女性の名前を覚えているだろう。六本木でホステスをしていた21歳の英国人女性が行方不明となり、バラバラ死体となって発見された事件である。
 
この事件が異様だったのは、捜査の過程で浮かび上がった犯人が強姦(ごうかん)や暴行の常習犯であり、膨大な被害者の存在が浮かび上がってきたことで、胸くそが悪くなるとしか言いようがない凄惨(せいさん)な猟奇犯罪が明るみに出た。

本作はタイトルに「警視庁捜査一課」と銘打たれているように、この難事件がいかにして捜査され、犯人にたどり着き、なおかつなんとも後味の悪い裁判になってしまった過程を描き、当時捜査にあたった当事者の警察OB、OGの証言をメインに構成されている。

Netflixが力を入れてきた近年の犯罪ドキュメンタリーは一定の型を踏襲していることが多く、本作もその例に漏れてはいない。関係者のインタビュー映像に再現ドラマを交え、空撮された街などのイメージショットでつないでいく。正直その型に飽きてしまっているきらいはあり、つい「またいつもの感じか」と思いながら見てしまっていた。

しかし、捜査員たちが重い表情で口を開く捜査の内幕を知り、また当時の報道映像を眺めているうちに、当時の記憶がよみがえってきた。といっても、筆者はこの事件を熱心に追いかけていたわけではない。むしろ、次第に浮かび上がるグロテスクな闇を恐れて、情報が一気に飛び込んでこないように極力目を細めて事件の上澄みだけをすすっていたのだ。
 

犯罪ドキュメンタリーの意義とは、を考えさせられる

ルーシー・ブラックマン事件は、ゆがんだ性癖を持った単独犯の犯行、という結論に至っているが、「ルーシー・ブラックマン事件」とひとりの被害者の名前を冠していることで、事件の規模が見えにくくなっている部分がある。実際には、亡くなったルーシー以外にも殺害された女性がいて、さらに400人超ともいわれる性的虐待の被害者が存在していたのだ。
 
しかし、そのひとつひとつを掘り下げて知ろうとしてもこちらの精神がもたない。おそらくひとりひとりの被害から目を背けている自分と向き合わずにすむようにと、無意識に情報を遮断していたのだと、このドキュメンタリーを見て改めて気づかされた。

犯罪ドキュメンタリーには、常に現実に起きた悲劇をエンタメとして搾取してしまう危険性が潜んでいると思っている。神妙な顔で他人のプライベートを掘り起こし、忌まわしい記憶を再構築することが、果たして本当に意義があるのだろうか? 
 
しかし一方で、事件を風化させず、関係者の思いを知り、自分たちの未来や社会の糧とするキッカケを作ることもできる。「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」がそのどちらに近い作品なのかは、いまも考え込んでいて答えが出ない。

ただ、戦争でも殺人でも性的虐待でも精神的虐待でも社会の腐敗や矛盾でも、種類はなんであれあまりにもひどい現実が目の前に立ちふさがったときに、第三者としてできること、できないことの限界について胸に手を当てて考えさせられる作品になっている。
 
「ルーシー・ブラックマン事件」の闇はそれほどに深い。 少なくとも自分にとってはそうだったし、世界にはびこる圧倒的な悪に途方に暮れることも、生きていく上で必要な時間ではないかと思うのである。
 
Netflixドキュメンタリー「警視庁捜査一課 ルーシー・ブラックマン事件」独占配信中

ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。

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