鈴木嘉弘さん(左)と宇田充さん=吉田航太撮影

鈴木嘉弘さん(左)と宇田充さん=吉田航太撮影

2023.5.22

「撮影現場に保育所、ベビーシッターは不可能ではない」現場プロデューサーの描く明るい将来

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勝田友巳

勝田友巳

映画撮影現場に、女性の姿が増えているという。働きぶりも優秀と評判もいい。一方で出産・子育ての壁は、映画撮影の仕事の特性もあって世間よりもなお厚そうだ。日本映画制作適正化機構の稼働で働き方改革も緒に就いた今、改善の余地はあるのか。現場を仕切る男性プロデューサーはどう見ているのだろう。
 

現場の女性、増えている

映画制作会社「ドラゴンフライ」の鈴木嘉弘さんは、映画撮影に携わって35年。ラインプロデューサーとして多くの撮影現場を仕切ってきた。「ここ十数年ほど、撮影現場に女性の姿がめっきり増えた」と話す。
 
映画スタッフの中でも脚本や美術といった撮影前の仕事が中心となる部署では、女性の割合は従来比較的高かった。撮影現場でも衣装やメーク、スクリプターは女性が多数派。しかし撮影や照明、録音といった、時には数十キロにもなる重い機材を扱う部署は女性が入り込みにくかった。しかし機材は軽量化し、社会全体に女性進出が広がり映画撮影現場の雰囲気も変わる。
 
「監督が女性という撮影現場は確実に増えているよね。助監督はじめ助手はどのパートでも当たり前、撮影部や照明部にも技師の女性がいる」。助手の経験を重ねて一本立ちして技師となり、部署を束ねることになる。部署の責任を負う〝親方〟だ。
 
「若い人はどんどん辞めていくが、働きたいと来る人も残る人も、女性の方が多い印象だ。自分の会社は女性の方が多く、優秀ですよ」。鈴木さんの実感である。


鈴木嘉弘さん


助手は多くても技師は少数

とはいえ各部署の技師の男女比率となると、女性はまだ圧倒的少数。助手から一本立ちするには10年ほどかかるから、まだ育成途上ということもあるし、助手の間に妊娠、出産を経て続けられなくなったというケースもある。技師になると代えがきかず、撮影が始まると現場を離れられないから、周囲の協力なしに育児しながらでは困難だ。「確かに、妊娠、出産の影響は受けるでしょうから、女性が子育てしながらでは難しい局面もあると思う」
 
「編集などスタジオでのポストプロダクション作業に関わる職種には、続けている女性が比較的多い。しかし撮影現場は9時5時では終わらないし、早朝開始の日もある。保育園の送り迎えなどをしながらでは、大変だろう」。既存施設を撮影に借りる場合には、休業する週末が多くなる。保育園が土日に休園すると、預け先がない。
 
一方で「家庭の事情で働き方が変わるのは、男女問わずでは」とも。「ドラゴンフライ」には「地方ロケがある現場は勘弁してほしい」という男性スタッフもいるという。「1カ月も家を空けたら離婚されてしまうと。彼には地方ロケのない仕事を担当してもらっています。時間や量をセーブしながら続けることは可能ではないかな」。映適のガイドラインが示す働き方が広がれば後押しになるかもと予測する。


宇田充さん(右)
 

監督が「やる」と決めれば

では現実問題として、子育てしながら撮影現場で働くにはどうすればいいのか。たとえば撮影現場に託児所を作る。土日は休み、ロケ先ではシッターを手配する――。理想論では?
 
企画・制作会社「はちのじ」の宇田充プロデューサーは「監督とプロデューサーが『これでやる』と決めればできなくないと思う」と話す。宇田さんがプロデューサーを務めた蜷川実花監督のNetflixドラマシリーズ「FOLLOWERS」の撮影現場では、監督の意向で女性スタッフの比率が高かった。同監督の作品では、子どもを気軽に現場に連れて来られるようにして、子どもたちも工作のように美術を手伝ったりしたという。
 
「プロデューサーとしては、監督が望むキャスト、スタッフ、撮影方法を採用するのが最良だと考えています。ただ予算との兼ね合いで、すべて実現するのは難しい。現場が制約されることになり、できなくなることも出てくる。それでもいいよねというコンセンサスがとれれば、可能な限り意向に沿いたいですね。お子さんのいる女優さんでも、早朝や深夜、土日の撮影は避けて、という方は多いですよ」
 
後は「そうした条件を、出資者である製作委員会に了承していただけるかでしょうか」。そして、昨今の時流では可能性はあるという。「映画業界はクリエーティブに関して男性と女性がいたら、女性の意見が優先されると思います。映画の主要な客層が20代女性であるだけに、アピールもしやすいのではないか」。2人とも、「『こうしたい』と大きな声を出す監督が出てくれば、現場もまとまるのではないか」と話す。
 



子どもがいることはプラス

そして撮影現場の女性は今後、ますます増えると予想する。
 
鈴木さんは「出産、子育てで2、3年現場を離れても不利にはならない」と断言した。「人間関係が薄れるのはマイナスかもしれないけれど、技術的なブランクは問題にならないでしょう。むしろいい休みと思えばいい。映画を作るのに子どもがいることは、人生経験を豊かにする上でプラスになる。そもそも現場は人が足りず、子どもを産んだからさようならとは言っていられない。戻っておいでと送り出せる環境は用意したいと思っています」
 
ただ「多くの制作会社は中小企業で、どこまで対応できるかは分からない部分はありますね」と留保もつけた。比較的商業作品の現場が多い宇田さんも「予算規模が小さい、若手やアート系の作品では難しいところもあるでしょう」と認める。
 
映適のガイドラインに従って現場スケジュールを組めば、総じて期間は長くなり、製作費に上乗せされる。特に小さな現場に影響は大きいだろう。「育児関連」の経費計上に理解を得るには時間がかかりそうだ。それでも鈴木さんは「業界で一番先に、そういう取り組みができたら面白いな」と言うのである。
 
また、女性監督作品は増えているとはいえ、比較的低予算の映画が中心だ。大手映画会社の大作を見れば、女性監督の少なさは明らか。それでも宇田さんは「今は過渡期」と見る。
 
「作品がヒットすれば実績となり、製作費の大きい映画を任される機会も出てくるでしょう。今、20~30代の女性監督は増えていて、彼女たちが実績を重ねれば10年後にはもっと多くなるのではないでしょうか」。映画界の明るい未来、見えてくるだろうか。

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

吉田航太

よしだ・こうた 毎日新聞写真部カメラマン

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