「レディ・バード・ジョンソンの日記」より © 2022 American Broadcasting Companies, Inc.

「レディ・バード・ジョンソンの日記」より © 2022 American Broadcasting Companies, Inc.

2024.3.25

知られざるジョンソン元大統領一家のドキュメンタリー「レディ・バード・ジョンソンの日記」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

村山章

村山章

「バービー」のグレタ・ガーウィグ監督の自伝的映画「レディ・バード」では、監督の分身である少女クリスティンが自分で自分に「レディ・バード」と名前を付ける。ガーウィグはインタビューで「どうして第36代大統領リンドン・ジョンソン元大統領の妻の名前を?」と聞かれて戸惑ったという。

レディ・バードはイギリスでのテントウムシの呼び名で、ガーウィグはマザーグースの歌に出てきたことから思いついたと発言している。が、リンドン・ジョンソンの妻クローディア・アルタ・テーラー・ジョンソンも、子供の頃につけられた愛称のレディ・バードを好み、生涯にわたってレディ・バードと名乗り続け、公的にもレディ・バード・ジョンソンとして知られているのだ。

そんなレディ・バード・ジョンソンのドキュメンタリーがディズニープラスで配信されている。彼女が夫の大統領時代に音声で残していた日記と、リンドン・ジョンソンの電話通話などの極秘記録をベースにした「レディ・バード・ジョンソンの日記」だ。
 

ジョン・F・ケネディ大統領の死で急きょ大統領に就任

リンドン・ジョンソンは歴史的な大事件によって、突如として大統領の椅子に座ることになった人物だ。ジョン・F・ケネディ政権で副大統領を務めていたジョンソン夫妻は、1963年11月22日にケネディと一緒にテキサス州ダラスでパレードに参加した。そしてパレードの真っ最中に、ケネディは暗殺されてしまったのだ。

合衆国大統領の不在による政治的空白を避けるため、ワシントンに向かうエアフォースワン(大統領専用機)の機内で急きょジョンソンの大統領就任式が行われた。ジョンソンが就任宣誓をしたのは、ケネディが銃撃されてわずか2時間8分後だった。

そして自動的に、妻レディ・バードも大統領夫人に、つまりアメリカのファーストレディーになった。ケネディ政権はさまざまな課題や問題を抱えていて、まさに激動のただ中に放り込まれた。国内では公民権運動が盛り上がって人種間の対立が深まっていたし、アメリカはベトナム戦争への介入がエスカレートし、ジョンソンはアメリカ軍の派遣を決定することになる。火中の栗を拾うとは、まさにジョンソン夫妻の置かれた状況そのものだったに違いない。
 
ケネディとニクソンに挟まれて地味な印象があるジョンソンだが、ケネディが成し遂げられなかった人種差別の撤廃を法制化し、貧困問題の改善に取り組んだ。一方でベトナム戦争を泥沼化させ、引責する形で政治から身を引いた。
 

自らも矢面に立ったエネルギッシュなファーストレディー、レディ・バード

「レディ・バード・ジョンソンの日記」ではレディ・バードの肉声を通して、いかに彼女が歯に衣(きぬ)着せることなく夫に意見し、助言を求められる関係だったのかを知ることができる。レディ・バード・ジョンソンは、夫を陰に日なたにサポートするだけでなく、自らも矢面に立ち、環境運動にも熱心に取り組んだエネルギッシュで勇猛果敢な人物だった。彼女が夫の演説について感想を聞かれ、忖度(そんたく)ゼロの酷評をしたことは後にオバマ大統領もネタにしたほどである。

しかし世間や歴史はどうしても大統領に注目するもので、ファーストレディーも儀礼的な飾り物として扱われがちだ。実際、夫と同等かそれ以上に注目を浴びたのは、一種のファッションアイコンだったジャクリーン・ケネディくらいだろう。われわれは自分たちが思っている以上に、ファーストレディーのことをほとんど知らないのではないか。

本作は、大統領夫人として途方もないプレッシャーにさらされていた当事者からの赤裸々なリポートであり、レディ・バード・ジョンソンが地に足の着いた明晰(めいせき)な人物だったおかげで、曖昧模糊(あいまいもこ)としていたファーストレディーのイメージの解像度を上げてくれる。またリンドン・ジョンソンの政治的な評価はさておいても、世界でも類を見ない立場に置かれてしまった一家族の物語として非常に興味深く、レディ・バードが自分の死後に私的な記録の公表を許してくれていたことに感謝したい。
 
「レディ・バード・ジョンソンの日記」はディズニープラスのスターで独占配信中

ライター
村山章

村山章

むらやま・あきら 1971年生まれ。映像編集を経てフリーライターとなり、雑誌、WEB、新聞等で映画関連の記事を寄稿。近年はラジオやテレビの出演、海外のインディペンデント映画の配給業務など多岐にわたって活動中。