「あなたへ」の取材でゆっくりと問いかけに答える高倉健=東京都内のホテルで2012年7月6日、小出洋平撮影

「あなたへ」の取材でゆっくりと問いかけに答える高倉健=東京都内のホテルで2012年7月6日、小出洋平撮影

2022.3.10

モントリオールの高倉健

2021年生誕90周年を迎えた高倉健。
昭和・平成にわたり205本の映画に出演しました。
毎日新聞社では3回忌の2016年から約2年全国10か所で追悼特別展「高倉健」を開催しました。
その縁からひとシネマでは高倉健を次世代に語り継ぐ企画を随時掲載します。
Ken Takakura for the future generations.
神格化された高倉健より、健さんと慕われたあの姿を次世代に伝えられればと想っています。

鈴木隆

鈴木隆

5回目となる高倉健を次世代に語り継ぐ企画、
Ken Takakura for the future generations
本日は60代の鈴木隆です。

北米最大規模のモントリオール世界映画祭へ

2012年9月2日夜(日本時間3日)、高倉健さん主演で遺作となった日本映画「あなたへ」(降旗康男監督)がカナダで開かれた北米最大規模の国際映画祭「第36回モントリオール世界映画祭」で公式上映された。メイン会場のメゾヌーブ劇場はほぼ満員の熱気にあふれていた。上映後はスタンディングオベーションが約5分間続いた。来場した高倉さんは席から立ち上がって手を振り、深々とお辞儀をして歓声に応えた。ハンカチを握りながら「ふと涙がでてしまった」と感激した様子で話した。上映後は、地元の多くの映画ファンから「心にしみわたる最高の作品」「健さんの表情に深く感動した」など称賛の声が相次いだ。
 
高倉さんは同日午後の記者会見にも登場した。地元記者の質問にも流ちょうな英語で「日本映画の素晴らしさをカナダの方々に感じていただけたようでとてもうれしい」などと答えた。英語が得意とは聞いていたが、通訳の助けをほとんど借りることもなく、よどみのない英語で話していた。モントリオールはカナダで最もフランス語を話す人が多いケベック州にあり、通訳は主にフランス語と英語、まれに日本語が交わる会見になった。
 

13年前の感謝を伝えるために

高倉さんが海外の映画祭に足を運ぶことはめったになかった。海外で撮影した作品は、アフリカのサハラ砂漠を縦断して約1万3000キロの走行距離を踏破するパリ・ダカールラリーを描いた「海へ ~See you~」、イラン・テヘランでロケした「ゴルゴ13」、中国雲南省・麗江市などで撮影しスタッフ全員が中国人の中に単身乗り込んだ「単騎、千里を走る。」など数多くあるが、晩年になって国際映画祭に足を運ぶのは極めて異例だった。
 
高倉さんはなぜ80歳を超え、高齢になったにもかかわらずモントリオールの地を訪れたのだろうか。その理由をこう語った。「1999年のモントリオール世界映画祭で「鉄道員(ぽっぽや)」が主演男優賞をいただいた。その時に行けなかったので、ずっと感謝の思いを持ち続けていた」。「あなたへ」がモントリオールのコンペに入ったことがきっかけになったとはいえ、13年を経ても長い間気になっていた「感謝の気持ち」を自ら伝えたいと強く思っていたのだ。スタッフや共演者への気遣いはもとより、親交のあった人への気遣いはこれまでにも幾度となく口にし、実践してきたのは多くの人が認めるところ。海外の観客、映画祭に対してもそれは変わらなかった。

モントリオールにて記者会見をする高倉健 撮影:鈴木隆
 
地元の映画ファンは、日本映画を代表する大スターの参加に「あの健さんがモントリオールにやって来るなんて!」と興奮気味に話す人も少なくなかった。「ザ・ヤクザ」「ブラック・レイン」などアメリカ映画で高倉健を知った人もいたが、「網走番外地」や「昭和残俠(ざんきょう)伝」シリーズなど「任俠映画が大好き」という高倉さんが若いときからの熱心なファンもいた。日系はもとより多国籍の人が多く、海外の文化をごく自然に受け入れる土壌が強いカナダの特性もあっただろう。
 
モントリオール世界映画祭は、日本映画への関心が高い映画祭の一つと言われてきた。第32回のモントリオール世界映画祭で滝田洋二郎監督の「おくりびと」がグランプリを受賞するなど目利きの確かさも証明した。映画祭ディレクターのセルジュ・ロジークは「毎年日本を訪問し、自分の目で優れた作品を見つけている。日本映画はクロサワ(黒澤明監督)の撮影現場を訪問したこともあり、大好きだしもっと評価されるべきだ」と話していた。

 

入国に4時間?

モントリオールの高倉健さんに戻そう。本当のようなうそのような話がある。ゲストとして日本からモントリオールに到着した高倉さんが、カナダ入国時に空港で足止めをくっているというのだ。空港到着から2時間たっても、3時間たっても到着ロビーに現れない、という話が漏れ伝わってきた。「ヤクザ映画に出ていたから入念に調べられているのでは」とか「ギャング映画で有名だから、何か疑われているのでは」とか臆測がまことしやかに流れてきたのだ。結局、入国手続きに3時間かかったとか、4時間とか根拠のない話が広がり、後に事務局に聞いても「時間がかかったようだけど、ちゃんと来てくれたから問題ない」。結果オーライで一件落着した。
 
真偽があやふやなのは、高倉さん周辺のガードが驚くほど堅かったからでもある。審査委員やゲスト、プレスなどは大半がメイン会場近くのホテルに宿泊していたが、高倉さんと一緒に来たプロデューサーらは車で30分以上も離れたホテルに泊まり、ホテル名など一切シークレット。公式上映、会見、表彰式以外はファンやプレスには接しないという徹底ぶりだった。一度、映画祭本部があるホテル近くで見かけ走り寄ったが、お付きの人たちに厳しく阻まれてじかに話を聞くこともできなかった。
 

「あなたへ」はエキュメニカル賞

9月3日夜の表彰式。「あなたへ」は、ワールドコンペティション部門で主要な賞とは別のキリスト教の宗教関連組織の審査員が選ぶエキュメニカル賞のスペシャルメンションを受けた。高倉さんは表彰式にも参加したが途中で退席し、一般とは別の出口から会場をあとにした。モントリオールの観客に映画祭へのお礼は伝わったに違いないが、高倉さんも少し窮屈な思いをしたのではないか。ファンを大切にしてきた高倉さんはどう思っていたのだろうか。
 

あなたへ

高倉健、205本の出演作にして遺作。亡くなった妻の思い出を胸に富山から長崎へと旅するロードムービー。富山県の刑務所で指導技官として働く英二(高倉健)。そんな英二のところに亡くなった妻・洋子(田中裕子)が生前にしたためた手紙が届く。そこには故郷・長崎の海に散骨してほしいと書かれていた。英二は生前、洋子が語らなかった真実を知るために退職して、車で長崎へと向かった。富山から長崎へ。道中、さまざまな人々と交流するうちに、妻との思い出がよみがえってくる。(追悼特別展「高倉健」図録より)

ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て90年に毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。現在は毎日映画コンクールに携わる。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

カメラマン
ひとしねま

小出洋平

毎日新聞映像報道センター写真グループ