「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」の一場面 Graphyoda/Netflix © 2022

「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」の一場面 Graphyoda/Netflix © 2022

2023.1.15

ソン・ヘギョとキム・ウンスクのケミストリーがはじける「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

大野友嘉子

大野友嘉子

ラブロマンスの女王の新境地を見た。ドラマ「ザ・グローリー ~輝かしき復讐~」の主演、ソン・ヘギョである。あまたの恋愛ドラマを彩ってきた華麗な笑顔は、本作にはない。あるのは、かつての敵たちを地獄に突き落としていく、鬼の形相だ。
 
思い返せば、代表作「太陽の末裔」(2016年)はしっくりこないものがあった。紛争地域で軍人、ユ・シジン(ソン・ジュンギ)と恋に落ちる医師のカン・モヨンを演じ、最高視聴率41.6%をたたき出した。モヨンに思いを伝え続けるシジンの甘いセリフと、素直でフレッシュなモヨンのキャラクターが化学反応を起こしたのだろう。お化けドラマとして今もなお語り継がれる。
 
ラインアップも豪華だった。美男美女の“ソンソンカップル”キャスト、「パリの恋人」(04年)、「シークレット・ガーデン」(10年)、「トッケビ~君がくれた愛しい日々」(16年)などの人気ドラマを手掛けたキム・ウンスク脚本。ヒットの要素ははじめからそろっていた。それなのに私は最後までハマれなかった。役がソン・ヘギョのキャラクターに合っていないと感じたためだ。
 
韓国芸能界の3大美女を指す「テ・ヘ・ジ」(キム・テヒ、ソン・ヘギョ、チョン・ジヒョン)の一角に君臨してきたソン・ヘギョ。出演作にラブストーリーが多いのは、その美貌を生かしてのことだろう。
 
ラブストーリーはいいのだが、彼女をピュアな女性像にはめ込もうとすると、たちまち違和感が出てくる。なぜなら、ソン・ヘギョの美しさは、ビッグスマイルが似合う、明るく朗らかなものではないと思うからだ。完璧な目鼻立ちの造形ゆえかもしれない。笑っていても、どこか冷たく、緊張感が漂う。蔭のある美人に、「朝ドラ」ヒロインのようなモヨンは残念ながらミスマッチだった。
 

いじめを受けて18年、復讐を始めるダークなヒロイン

「太陽の末裔」から6年。ソン・ヘギョとキム・ウンスクは「ザ・グローリー」で再タッグを組んだ。本作で演じるムン・ドンウン役について、ソン・ヘギョは「いつもこうした役に飢えていたけれど、ついに巡り合えたという気がした」と語り、手応えをにじませた。
 
ドンウンは、ダークヒロインだ。苛烈な暴力と死の淵からはい上がり、18年かけて復讐(ふくしゅう)の準備をする。恐ろしい執念だが、彼女のむごい過去を知れば納得がいく。ドンウンの計画を知った「仲間」たちも、彼女を止めない。背中を押し、協力する。
 
高校時代に同級生から暴力を日常的にふるわれた。加害者の親は有力者で、親、教師、警察に手を回して暴行事件をもみ消す。八方塞がりの絶望がドンウンを襲う。権力者が、持たざる者を徹底的に抑え込むという筋書きは、韓ドラの王道だ。階級間で起こる理不尽な仕打ち、不平等な境遇に対する怒りが込められている。
 
ドンウンは建築家になることを夢見て一人もがくものの、ついに退学に追い込まれる。自殺を考えるが、踏みとどまる。復讐を果たすという目的が、彼女の命をつなぎ留めるのだ。
 
1話目から凄惨(せいさん)な暴力シーンが展開する。体育館で同級生らに囲まれ、髪の毛をつかまれ、身動きが取れないようがんじがらめにされる。主犯格の女子生徒に「ヘアアイロンの温度を確かめたい」と言われ、腕と足を焼かれる。やけど跡は、ケロイドになるまで、痛みと激しいかゆみを伴う。かくと制服のシャツに血がにじむ。生々しい痛みが画面からあふれ出す。
 
同級生らは自宅にも現れ、ドンウンを心身ともに追い詰める。学校を辞めざるをえなくなったドンウンに、今度は教師が追い打ちをかける。退学届に理由を正直に書くと、顔をボコボコに殴られる。目を覆いたくなる場面が延々と続く。
 

笑顔を封印、質素なヘアメーク、地味な服装で当たり役を手にしたソン・ヘギョ

 本作のソン・ヘギョは灰色の世界に包まれている。彼女のアイコンスタイルであるピンク色のリップやミニスカートは全て封印した。笑顔もない。
 
加齢を隠す過剰なライト、あからさまな修正を感じさせない画(え)がいい。質素なヘアメークに徹したのは、ソン・ヘギョの自信の表れだろう。実際に、地味な服装と化粧気のない顔、冷酷なまなざしは、彼女の美しさを一層際立たせている。氷の女王、本領発揮である。キャリア25年超にして、当たり役を得たようだ。
 
キム・ウンスクは、「仮編集を見て鳥肌が立って何もできなかった。『ソン・ヘギョにこういう表情があるんだ、こういう声が出てくるんだ、こういう歩き方があるんだ』と思った」と、ソン・ヘギョの演技に驚いたと話したという。
 
この敏腕脚本家は、いつから見抜き、確信したのだろう。ソン・ヘギョという俳優が持つ本来の魅力を。脚本家と演者の見事なケミストリーだと言わざるを得ない。
 
本作は2部制。配信中のシーズン1は、ドンウンの過去、元同級生らの現状に焦点を絞り、復讐劇の滑り出しを描いた。3月配信のシーズン2で報復のクライマックスを見られるのだろうか。期待せずにはいられない。「ザ・グローリー」はソン・ヘギョの新たな代表作になるはずだ。
 
2022年12月30日(金)からNetflixにて配信中。

ライター
大野友嘉子

大野友嘉子

おおの・ゆかこ 毎日新聞デジタル報道センター記者。2009年に入社し、津支局や中部報道センターなどを経て現職。へそ曲がりな性格だと言われるが、「愛の不時着」とBTSにハマる。尊敬する人は太田光とキング牧師。ツイッター(@yukako_ohno)でたまにつぶやいている。