スターの吹き替えには、フィックスと呼ばれる決まった声優がつくことがある。クリント・イーストウッドなら山田康雄、アラン・ドロンは野沢那智、ジャッキー・チェンは石丸博也などなど、かつては本人の声より吹き替えの声のほうが印象深い組み合わせも多かった。
そして近年、本人かと思うほどのハマりっぷりで絶賛されているのが、舞台、映画、ドラマの俳優としても活躍する山路和弘氏が演じるジェイソン・ステイサムだ。
ジェイソン・ステイサム出演作のほとんどで吹き替えを担当
山路氏がステイサムを吹き替えた最初の記憶は、ガイ・リッチー監督の「スナッチ」(2000年)だという(山路氏はリッチーの前作「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」でもステイサムの吹き替えを務めているので、時系列的にはそちらが先かも知れない)。
以降、ほぼすべてのステイサム出演作で吹替を担当。山路氏の声の演技がステイサムに合っている、というだけでなく、声質や口調が限りなくステイサムに近く、まるで本人が日本語でしゃべっているかのように聞こえるのだ。
ただし演じている本人は、声が似ていたのか、似せた結果なのか判別がつかないという。「自分でも声が似てるのかと思ってたんですけど、あの人の声や話し方が好きで、似せているうちに慣れちゃったのかもわかんないです。最初は『不思議だなあ、なにがアレして俺のところに(オファーが)来たのかなあ?』なんて思ってたんですが、だんだん『この人の声がいいな』って思うようになって、気がつけば近づいていっちゃったんですかね」
ステイサムは02年にリュック・ベッソン製作のアクション映画「トランスポーター」に主演。同作は大ヒットしてシリーズ化され、山路氏にとっても転機となる作品になった。
「『トランスポーター』で、僕自身がステイサムのことをとっても好きになったんだと思うんです。タフガイで無口で、アクションをやらせたらどこまで体をコントロールできるんだっていうくらいすごい。一番よく覚えてるのは『トランスポーター』で缶に足を突っ込んで、滑らないようにしてオイルまみれで戦ったシーン。もうバケモンだなって思いました(笑)。元水泳選手で、モデルになってっていう経歴で、そんなしゃべるタイプじゃなさそうに見えるし、そういう役がピッタリと合う。好ましいっていうか憧れますね」
以降、ステイサムは数々のアクション映画に主演し、名実ともにハリウッドを代表するアクションスターになっていく。山路氏も、今ではステイサムの演技のクセが体になじんでいるという。
「ここでステイサムが息を吸うと思ったら、『やっぱり吸った!』ってなるんです。たまに違う人が吹き替えをしていて、同業の若い俳優さんに文句を言われたことがありました。『違ったじゃないですか!』って(笑)。この人の場合、どの映画もステイサム!って感じで、演技スタイルもあんまり変えてないじゃないですか。こっちも演じ分けてる感覚はあまりないですし、作品がごっちゃになることもあります(笑)。だから『ハミングバード』みたいにちょっとタイプの違う映画は、新鮮でよく覚えていますね」
本作の収録でスタローンのステイサムへの信頼とポジションの一任を感じた
山路氏がステイサムの声を担当する最新作は、シルベスター・スタローンが立ち上げた人気シリーズの最新作「エクスペンダブルズ ニューブラッド」。スタローンを筆頭に、アーノルド・シュワルツェネッガー、ブルース・ウィリス、メル・ギブソン、ジャン・クロード・バン・ダムら、名だたるアクションスターを共演させてきたお祭り企画で、ステイサムはスタローンふんする最強の傭兵(ようへい)軍団<エクスペンダブルズ>のリーダー、バーニーの相棒、リー・クリスマス役を1作目から演じている。もちろん吹き替え版を担当してきたのも山路氏だ。
「ニューブラッド」では、これまで座長ポジションだったスタローンが出番を減らして、見せ場の多くをステイサムに譲っている。
「このシリーズはキャラの人数が多いし、それぞれに別に収録するので、普段はそんなに時間がかからないんですけど、今回はすごく長い時間を言われたので『なんでだよ!』って実はちょっとムッとしたんです。でも台本をいただいて、コレはしょうがないなと思いました。こんなにベタで出てるんじゃ、もう主人公じゃないかって驚きましたね。ただ、それに関してはちょっと寂しい気もしてるんです。信頼関係が厚いからだとは思うんですけど、もうスタローンはステイサムに一任したんだなって感じがちょっとしたので」
ステイサムといえば、黒スーツにワイシャツ姿と、多くの映画に金太郎あめのように同じスタイルで登場することでも有名。「エクスペンダブルズ」では基本はバイカーファッションか戦闘服だが、今回は黒スーツとワイシャツに身を包む展開がある。
「あれにはちょっと笑っちゃいましたね。リー・クリスマスが転職しようと、アルバイトニュースみたいなので仕事を探すのが好きでした。結局、次の職場でもろくでもないやつを殴っちゃうところもすごく好きです。『エクスペンダブルズ』では、仲間たちが平気な顔してののしりあっているシーンが必ずあって、これこそシリーズだなっていう感じがすごくします。彼らもきっと現場が楽しいんだろうなって思いますね」
ステイサムがメインとなって「エクスペンダブルズ」シリーズが今後も続くなら、ヒュー・ジャックマンやラッセル・クロウ、ウィレム・デフォーといった山路氏が長年声優を演じてきたスターがゲスト参加する可能性もあるだろう。
「その時にどうするか、ですか? 昔『レ・ミゼラブル』にヒュー・ジャックマンとラッセル・クロウが出ていて、どっちの役が来るんだろうって楽しみにしていたんです。そうしたら歌ばっかりで、結局なんのオファーもないってことがありましたけど(笑)。『エクスペンダブルズ』でそうなったら、やっぱりステイサムをやるんでしょうね。でもヒュー・ジャックマンをやってる人間に、悔しいまなざしは向けると思いますよ。『お前か!』って(笑)」
「エクスペンダブルズ ニューブラッド」は全国公開中。