「ザ・マザー」より © 2023 Netflix, Inc.

「ザ・マザー」より © 2023 Netflix, Inc.

2023.6.05

50歳を過ぎて、キャリア絶頂!ジェニファー・ロペス主演のアクション・サスペンス「ザ・マザー」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、村山章、大野友嘉子、梅山富美子の4人です。

ひとしねま

須永貴子

J.Loことジェニファー・ロペスが主演する、Netflixオリジナル映画「ザ・マザー」が、5月12日より配信中だ。このアクション・サスペンスでロペスがふんする人物は、元軍人の暗殺者で特技は狙撃。イラクとアフガニスタンで43人を暗殺した、一撃必殺のスナイパーだ。劇中で彼女の呼び名はないが、クレジットにはTHE MOTHERと記載されているので、この原稿でもマザーと呼ぶことにしよう。
 
マザーはその名の通り母親である。しかし、彼女を狙う人物から娘を守るために、FBI(米連邦捜査局)に強制されて、出産直後に親権を放棄し、養子に出した。「①娘が退屈するぐらい安定した生活を与えること」「②毎年娘の誕生日に生存を知らせること」「③何かあったら連絡すること」というつの条件と引き換えに。
 
その後、アラスカに12年間潜伏していたマザーを、FBIがオハイオに呼び寄せる。それはつまり③を意味するわけで、マザーは完全に戦闘モードだ。マザーに恨みを持つ犯罪組織とマザーとの、娘ゾーイ(ルーシー・パエス)を巡る攻防戦が本作の骨子である。冒頭はややわかりづらいので、敵対する人物として、マザーを暗殺者にスカウトした元海兵隊員のエイドリアン・ラル(ジョセフ・ファインズ)と、武器商人のエクトル・アルレス(ガエル・ガルシア・ベルナル)の氏名と演者を把握しておくことをおすすめする。
 


リアリティーを重視したジェニファー・ロペスのアクション

 見どころは、ジェニファー・ロペスの気持ちの乗ったアクションだ。いくらダンスで鍛え上げているとはいえ、彼女は今年53歳ということもあり、動きはそこまで俊敏ではない。なんならスタントを起用し、キレッキレのアクションシーンを作り上げることも可能だったはずだが、本作は見栄えではなくリアリティを選択した。ハバナの路地裏を娘のために必死で走る姿や敵を殴打する動きに、感情と体重が乗っている。アクションも演技であるという理論を、彼女のパフォーマンスが見事に体現している。
 
もうひとつの見どころは、組織から命を狙われ続ける宿命を背負ったゾーイに、自力で生き延びる技術を教えるくだりだ。アラスカの隠れ家で、銃の扱い方や狙撃のテクニック、動物の仕留め方と処理の仕方、車の運転、ナイフでの戦い方、戦うときの気持ちの作り方などを皆伝していく。これまで父親や男性が子どもや次世代に教えてきたこれらのことを、母親が娘に教える様子を真っ向から描いたことが革新的だ。
 
 

ドキュメンタリー「ジェニファー・ロペス:ハーフタイム」より Netflix © 2022

ドキュメンタリー「ジェニファー・ロペス:ハーフタイム」も併せて見ると、「ザ・マザー」を作った意義が見えてくる

 ロペスは2019年に50歳になった。その1年間に密着した、Netflixオリジナルのドキュメンタリー映画「ハーフタイム」(22年)で、彼女は「意義のある作品を作りたい」という発言を繰り返していた。彼女がプロデューサーでもあるこの「ザ・マザー」に彼女が見いだしている意義は、自分の力で生きていく勇気と覚悟を女性たちに伝えることだろう。
 
そしてエンドロールに流れるのは、Kate Bushの「This Woman’s Work」(ある解釈によると、パートナーの難産の前で、何もできない男性の心境を歌っている曲)。シングルマザーとして双子を育ててきたロペスを見れば、彼女のスタンスは明らかだ。「ハーフタイム」でも、男性に依存せずに生きることを目指してきたという発言がある。「ザ・マザー」のアラスカのパートでは、子狼(おおかみ)を守るために牙をむく、美しい母狼が印象的に映し出される。そこにも父狼は存在せず、ゾーイの父親についても、マザーは最後まで明らかにしない。
 
 「ハーフタイム」では、「ハスラーズ」(19年)の賞レースの状況に、ロペスが一喜一憂する姿を確認できる。自己評価が低いと言う彼女は、富や名声、尊敬を手に入れても、トロフィーが欲しいのだ。ところが、下馬評で確実視されていたアカデミー賞助演女優賞にノミネートすらされなかった。高齢の白人男性が多くを占める審査員が選んだ候補者は、5人とも白人女性だったのだ。
 
まるでシナリオがあるかのように、50歳からの彼女はキャリアの絶頂期を歩いている。プロデューサーを兼任した「ハスラーズ」での演技が絶賛され、アカデミー賞には無視されたが、いくつもの助演女優賞に輝いた。「マリー・ミー」(22年)は彼女のパブリック・イメージとスター性を最大限に生かしたロマコメの秀作だ。どちらも監督は女性であり、「ザ・マザー」もしかり。本作は原案、脚本、音楽といった主要スタッフに女性が起用されている。
 
彼女が設立した映画製作会社ヨリカン・プロダクションズは、21年にNetflixとのファーストルック契約を締結した。「ザ・マザー」に続き、今後も「Atlas」や「The Godmother」といった主演作が控えているとのこと。白人の男性が権力を握っている映画業界で、ラテン系の女性として苦労しながらもコントロールする権利を手に入れたロペスが、女性が語るべき意義のある物語を女性たちと作り上げる、その潔さが痛快だ。50歳を過ぎてのこの快進撃こそが、多くの人をエンカレッジ&エンパワメントする。
 
「ザ・マザー」はNetflixで配信中

ライター
ひとしねま

須永貴子

すなが・たかこ ライター。映画やドラマ、TVバラエティーをメインの領域に、インタビューや作品レビューを執筆。仕事以外で好きなものは、食、酒、旅、犬。