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2023.9.18
ホラー映画入門編としてぴったりなスペイン発メタホラー「キラー・ブック・クラブ」:オンラインの森
スペイン発のティーンスラッシャー映画「キラー・ブック・クラブ」が、8月25日からNetflixで独占配信され、「非英語作品(映画)」の全世界ランキング(8月21〜27日)で3位にランクイン。つまり、わずか3日間の配信でウイークリーランキングの3位に食い込んだのだ。
しかし、内容に対する評価はかなり厳しく、ホラー映画ツウからは「もっと刺激を!」「もっとひねりを!」「『スクリーム』のパクリじゃないか!」という声が聞こえてくる。その意見はたしかにその通りだが、ホラー映画入門編を探している人には、89分という尺や残酷すぎないスラッシャー描写がちょうどいい、見やすいメタホラー作品としておすすめしたい。
ブッククラブのメンバー8人が謎の殺人鬼に1人ずつ殺されていく
スペインの架空の大学MCSUを舞台に、小説家を目指すブッククラブ(読書愛好会)のメンバー8人(男女半々)が、ピエロのお面をかぶった謎の殺人鬼に1人ずつ殺されていく。冒頭で8人のキャラクターが矢継ぎ早に紹介されるので、予習がてら、まずは羅列してみよう。
ショートカットのアンヘラは、6年前に発表したホラー小説「カリオンの少女」以降、ある理由で書けなくなっている。
金髪のナンドはアンヘラのボーイフレンド。この人物だけMCSUの学生ではなく、大学近くのバーで働いている。ブッククラブにはアンヘラの招待で顔を出している。
アンヘラの親友・サラと、プレーボーイのライは、見るからに肉食系の恋人同士。いちゃつくために2人きりになったところを殺されるのだろうな、と予感させるカップルだ。
コルドはホラーオタクのインフルエンサー。ライに童貞をいじられている。昔のホラーであれば太っちょメガネ、もしくはメカ好きに置き換えられるキャラクターだ。
エバは、ロマンス小説が大嫌いな図書委員。鼻ピアスだが優等生ポジション。
ミステリアスでおとなしいビルヒニアはいつもノートに絵を描いている。
知的でハンサムなセバスは、クラブのリーダー的存在。彼からアンヘラへの好意に、ナンドがやきもきしている。
ある日、事件が起きブッククラブの8人で秘密を共有するが「誰か」に知られていた
ある日、アンヘラに事件が起きる。小説の文章術を教えるクルサード教授にレイプされそうになったのだ。股間を蹴り上げてどうにか逃げ出し、ナンドとサラに泣きながら打ち明けると、クラブのメンバー全員がまもなくその出来事を共有する。8人は、当時の課題図書「殺人ピエロ」の扮装(ふんそう)をして教授を脅かし、懲らしめる計画を実行する。
最悪なことに、酒で酩酊(めいてい)状態の教授がベランダから墜落し、ドン・キホーテ像のヤリに突き刺されて絶命する。警察に通報しようとするアンヘラを7人が制止し、8人は秘密を共有する関係となる。
教授の死が自殺で片付けられた頃、「The Mad Crown(イカれピエロ)」という管理人が8人をグループチャットに招待し、小説サイトに誘導する。そこには8人以外知らないはずのクルサード教授の死の様子が、「第1章:教授の死」というタイトルで掲載されていた。
イカれピエロは誰なのか? 疑心暗鬼の中で、「1章ごとにひとりずつ死ぬ」という予告通り、次々とメンバーが殺人ピエロに襲われていく。殺人ピエロはホラーにおいてベタ中のベタともいえるモチーフで、「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」シリーズが記憶に新しい。正直、本作の殺人ピエロは造形がただただキュートで、「スクリーム」のゴーストフェイスのような恐ろしさは皆無である。
しかし、可愛い顔をして殺し方は冷酷無比。ギザギザ刃の鎌で、腹や喉、背中を鋭く切り裂く。一撃必殺ならぬ、一〝斬〟必殺に、殺しの美学が感じられる。ちなみに映画の冒頭で、とあるアイコンが「Gacy」と名乗っているのはもちろん、「殺人ピエロ」の異名を持つアメリカのシリアルキラー、ジョン・ゲイシーにちなんだものである。
ユニークなロケーションやライティングにセンスが光る
既視感のある設定や展開を補塡(ほてん)するのが、ロケーションとライティングによる色彩設計だ。大学という舞台を生かし、殺りくの現場となる廃虚の学生寮や廃プールなどの至るところにカラフルな落書きが施されている。グリーンが基調の図書室は、吹き抜けのメインフロアをぐるりと囲む2階のベランダの曲線がほれぼれするほど美しい。
また、バス停や医学部内に配したデジタルサイネージや、アンヘラの部屋に施した赤・青・緑の照明が、人物を照らすことでユニークな効果を生み出している。功労者のパブロ・ディエスは、国内外のホラーやスリラー、サスペンス作品に引っ張りだこの人気撮影監督だ。Netflixのドラマ「エデンへようこそ」や「聖なるファミリア」でも撮影監督を担当している。
そしてもう一つ、冒頭にも記したメタホラー的なアプローチも見どころだ。劇中の小説に関する講義シーンのセリフに注目してほしい。
「ホラー小説は、批評家から認められなくても、商業的には成功する。なぜ評価が低いのか、それはホラーには信ぴょう性がないからだ」「自伝的小説(オートフィクション)は、作家が体験した真実とフィクションを混在させることで、読み手はこの話が真実かを探ろうとする」といった布石を打った上で、ラストシーンで、ある登場人物が「Fin(終わり)」とカメラ目線で語りかけ、第四の壁を超えてくる。
要は、「キラー・ブック・クラブ」は、この人物(≒原作兼脚本のカルロス・ガルシア・ミランダ)の実体験なのではないか、という気配を残すことへの挑戦なのだ。
そしてアウトロの講義シーンでは、「ベストセラーに続編はつきもの。完結している小説の続編は駄作が多いけど」と、シリーズ化に走りがちなホラーものをチクリと批判する。とはいえ、批評家になんと言われようが、数字さえいいなら続編を作ってなんぼ。「キラー・ブック・クラブ」もこの数字なら、続編の可能性はゼロではない。
「キラー・ブック・クラブ」はNetflixで独占配信中