「バカ塗りの娘」©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

「バカ塗りの娘」©2023「バカ塗りの娘」製作委員会

2023.8.29

さまざまな価値観の衝突「バカ塗りの娘」:英月の極楽シネマ

「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。

英月

英月

あらゆる仕事で言われる後継者問題。私が身を置くお寺業界もご多分に漏れずですが、この映画で取り上げられているのは青森の伝統工芸「津軽塗」の職人です。名匠の祖父、その祖父の元で努力し続けた父・清史郎(小林薫)、そして不器用な娘・美也子(堀田真由)の3世代。漆塗りだけでは食べていけず、美也子は近所のスーパーで働きながら父の手伝いをしています。祖父と父の期待を一身に受けた兄・ユウ(坂東龍汰)は、実力があるにもかかわらず家業を継がず、家を出て美容師の道へ。母も、仕事を優先する清史郎に愛想を尽かし、家を出ています。大事なことを守ろうとしただけなのに、いつの間にか家族はバラバラに。

この映画では、世代や性別、その他さまざまな違いによって生まれる価値観が描かれています。つまり、価値観と価値観の衝突です。例えば会食の場面で、男性には酒器が配られ、女性には配られないといった、ジェンダーに関する考えの違いなどです。「女性は給仕をするのであって、一緒に飲まない」という価値観であり、思い込みです。「文化であり伝統だ」という人もいるかもしれません。否定はしませんが、それによってあなた自身が苦しんでいませんか、悲しいことになっていませんかと、画面から問われているようです。

男だからこうあるべきだ、女だから、息子だから、娘だからと、それぞれが勝手に思い込んでいる価値観。親子でも、否、親子だからこそ、価値観が違う。その違いを埋めるのは難しいことですが、そもそも埋める必要はないのです。違いを個性だと尊重できれば、尊重できずとも認められれば、認められずとも、個性だと知ることで、違った関係が築けるのではないでしょうか。映画で美也子が一歩を踏み出せたように。

25日から青森県内で先行上映。9月1日から東京・シネスイッチ銀座、大阪ステーションシティシネマほかで公開。

ライター
英月

英月

えいげつ 1971年、京都市下京区の真宗佛光寺派・大行寺に生まれる。29歳で単身渡米し、ラジオパーソナリティーなどとして活動する一方、僧侶として現地で「写経の会」を開く。寺を継ぐはずだった弟が家出をしたため2010年に帰国、15年に大行寺住職に就任。著書に「二河白道ものがたり いのちに目覚める」ほか。インスタグラムツイッターでも発信中。Radio極楽シネマも、好評配信中。