「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。
2024.2.05
息子の代わりに救った1000人の命 「ビヨンド・ユートピア 脱北」:英月の極楽シネマ:
「ありのままの姿見せるのよ」とは、10年ほど前にヒットした映画の主題歌の一節。けれどもありのままの姿など、とてもお見せできるものではありません。お坊さんの格好をして本堂で手を合わせている姿は良くても、部屋のカウチでゴロゴロしている姿など誰にも見られたくないのです。
それは個人だけでなく、国家という大きな存在でも同じではないでしょうか。そしてその国に住む人たちも、耳の痛い真実よりも、耳に心地よいうそを聞いていたい。ここは「地上の楽園」で、最高指導者は神様で、そこに生きる私は幸せだと。
しかし、現実は違います。この映画は、北朝鮮を脱出し中国、ベトナムなどを経由して韓国を目指すある家族に密着したドキュメンタリーです。韓国のドラマを見たからと銃殺され、身内に脱北者がいるからと辺境の収容所に送られるなど、深刻な人権侵害が横行していることが報告されます。我が身も危ないと思ったある男性は、妻と幼い子ども2人、そして80代の母と脱北を決意します。
サポートしているのが、韓国のキム・ソンウン牧師。妻は北朝鮮の出身です。自らの危険も顧みず行動する姿に、信仰がそうさせているのかと思いますが、本当のところは分かりません。ただ、息子を病気で亡くしたことを縁として、息子の代わりに脱北者を命の危険から救おうと妻と話したそうです。その結果、10年の間に1000人近くを助けてきたというから驚きです。我が子を失ったことは人生最大の苦しみであったと言いますが、耳に痛く、心に苦しい真実と向き合ったことで今があるのかもしれません。そして、1000人近くの人たちの命は息子さんの存在なくしては守られなかった、これもまた真実です。
東京・TOHOシネマズシャンテ、大阪ステーションシティシネマほかで公開中。