「仏教の次に映画が大好き」という、京都・大行寺(だいぎょうじ)住職の英月(えいげつ)さんが、僧侶の視点から新作映画を紹介。悩みを抱えた人間たちへの、お釈迦(しゃか)様のメッセージを読み解きます。
2023.6.27
切なさ軸に輝く〝生〟「無情の世界」:極楽シネマ
単調な日常のはずだった、なのに突然、情け容赦なく、トラブルのど真ん中に放り込まれる。そんな人たちを描いた三つの短編作品からなるオムニバス映画です。重罪を犯したユイ(唐田えりか)とユウジ(栄信)、そしてその2人と深夜のファミレスで偶然居合わせた男性(新名基浩)。たまたま同じ場所にいたことから3人の人生が重なっていく「真夜中のキッス」。
演技にリアリティーがないと指摘された俳優(渡部龍平)が、役者人生をかけて挑んだオーディションで、まさかのリアリティーのただ中に飛び込むことになった「イミテーション・ヤクザ」。
レンタルスペースを舞台に、恋愛術講座に通う奥手の男性(大友律)が、護身術講座を受講している女性(白石優愛)に恋をすることから始まる「あなたと私の二人だけの世界」。
三つの作品に共通するのは、切なさです。それは、自分ではどうすることもできないという悲しさであり、一生懸命だからこその滑稽(こっけい)さでもあります。そして、それが「生きる」ということなのかもしれません。たとえば、オーディション会場のドアを開けた瞬間にとんでもない〝無情の世界〟が始まってしまった2話目の主人公。ささいな勘違いが命にかかわる大ピンチに発展する様は、恐ろしいけれど可笑(おか)しくて、そして切なくもあります。しかし皮肉なもので、逆境に陥ったことで、彼の〝生〟がいきいきと輝き始めます。
それは他の作品の登場人物たちにもいえ、不遇な状況をきっかけに冒険が始まったり、新しい一歩を踏み出したりと、苦しみを栄養に咲く〝生〟があります。これは、私たちにもいえることではないでしょうか。何が起こるかわからない世の中を生きていて、逆境に陥ることはある。けれども、いつものように夜が明けて、いつものように一日が始まるのです。東京・新宿シネマカリテで公開中。京都・出町座ほかで近日公開予定。