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2024.12.15
コロナ禍ロックダウンの武漢で何が起きていたか ドキュメンタリータッチで描いた金馬奨受賞作
世界を一変させた新型コロナウイルス。2019年12月に中国・武漢市で最初の感染者が報告され、わずか数カ月でパンデミック(世界的な大流行)となったことは記憶に新しい。その武漢でのロックダウン(都市封鎖)の様相を描いたのが「未完成の映画」。中国第6世代監督の婁燁(ロウ・イエ)が世界に放つ傑作だ。日本には詳細が伝わらなかった中国の混乱、人々の孤独や不安、深い悲しみが伝わってくる。ロウ監督は「コロナの時期、我々スタッフがみんな感じていた気持ちを映画の中に盛り込んだ」と明かす。
11月に台北市で開催された台湾映画賞「第61回金馬奨」で作品賞と監督賞の2冠に輝いた。第25回東京フィルメックスやカンヌ国際映画祭でも上映されている。
「未完成の映画」撮影再開したものの
映画はフィクションだが、一部はスマートフォンで撮ったのか画面が縦長になるなど、ドキュメンタリーのように展開していく。19年、映画監督が10年前に未完成のままに終わった作品を完成させようと俳優らを集めて撮影再開を呼び掛けた。20年1月に武漢で撮影は再開されたが、コロナの感染が急拡大。厳しい行動制限で感染を抑えるゼロコロナ政策により、突然ロックダウンが始まる。撮影は中断され、製作チームがいるホテルは強制封鎖。俳優やスタッフは各自の部屋に隔離されてしまう。後半には、実際に封鎖された街を市民がスマートフォンで撮影してソーシャルメディア(SNS)にアップした動画が織り交ぜられ、現実との境界が消えていく。混とんとする社会の中で生きる個人の存在を描こうとする姿勢は、ロウ監督の過去の作品にも通底する。
検閲が厳しい中国で、中国当局が敏感に反応しそうなコロナ政策を取り上げた本作は、中国では上映できそうにない。さらに、作品の中で撮影の完成を目指していたのは、同性愛を取り上げたクィア映画だ。中国では性的少数者を描いた作品の上映も極めて困難だ。作品の中で、主人公の俳優が撮影再開を打診した監督に、「どうせこの映画は公開されないのに、どうして作りたいんだ」と問う場面がある。その言葉は、二重のハードルを抱えた本作を取り巻く中国での現状を捉えた皮肉に聞こえてくる。
金馬奨の授賞式で、ロウ監督のメッセージが読み上げられ、「この作品に携わった一人一人に対する栄誉です。この作品はとても特別なもの。通常の創作とは異なり、最初から最後まで計画されたものではないからです」と述べた。
ロウ監督は1965年生まれ。94年に初の長編作「デッド・エンド/最後の恋人」を発表した。数々の作品で国際的に高い評価を受けたが、中国ではたびたび上映禁止に。「天安門、恋人たち」(2006年)では、中国ではタブーとされる天安門事件(89年)を扱ったうえ、過激な性描写が問題視された。上映禁止に加え、ロウ監督は5年間、製作禁止処分を受けた。
中国の同性愛者描き主演男優賞
金馬奨では、こうした中国では上映が困難とみられる作品のノミネートが相次いだ。中国の同性愛者たちを巡る日々を描いた耿軍(ゲン・ジュン)監督の「漂亮朋友 Bel Ami」もその一つ。題名の意味は「美しい友」と言ったところ。主演男優賞、撮影賞、編集賞の3冠に輝き、コンペ以外で観客賞も受賞した。
作品賞を巡ってはノミネート5作品のうち「未完成の映画」と「漂亮朋友」の2作が最後まで競ったという。審査の講評で「未完成の映画」について、「物語のロジックが素晴らしい。現実と虚構が交錯し、さまざまなメディアを駆使している。緊張感に満ちたドラマチックな瞬間を作り出している。社会や自己、映画について考えさせられる作品」などと高く評価された。
インディペンデント映画は海外資本で
中国では90年代、第6世代と呼ばれる監督たちが登場し、撮影所の外で作品を製作するようになった。こうしたインディペンデント映画(独立電影)は当局の検閲を通さずに製作された。このため中国では一般公開できないものの、中国社会をリアルに描き国際的に高い評価を受けた作品が相次いだ。
2000年代に入ると、デジタル技術による製作が加速した。フィルムで製作するより低予算で済むため、インディペンデント映画を後押し。第6世代の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)や王兵(ワン・ピン)らの作品が海外で受賞した。次第に中国の検閲から離れ、外国で資金を得て製作される作品が増えている。「未完成の映画」の製作国はシンガポールとドイツだし、金馬奨で世界初上映となった「漂亮朋友」はフランスだ。
金馬奨は、こうした中国で上映が困難と見られる優れた作品を国際社会に伝える受け皿にもなっている。今回は応募が過去最多の718作品に上り、このうち中国が276作品と全体の38%を占めた。台湾メディアなどによると、中国の応募作品数は、例年なら100作品ほどだったが、今回はドキュメンタリーや短編劇などが大幅に増えたという。その背景として、これらの部門で受賞したら、米アカデミー賞の選考対象になるなど国際市場への道が開かれたことが増加につながったと指摘している。