林祐美子さん=小出洋平撮影

林祐美子さん=小出洋平撮影

2023.4.28

出産、子育てを経た宣伝担当がストレスフリーの働き方を手に入れるまで アスミック・エース映画宣伝部 林祐美子さん

公開映画情報を中心に、映画評、トピックスやキャンペーン、試写会情報などを紹介します。

勝田友巳

勝田友巳

 男性社会の映画界でも、宣伝の現場は女性が目立つ。相手ありきの仕事が多く、生活は不規則になりがち。出産、子育てはここでも大きな壁だ。製作・配給会社アスミック・エースで企業タイアップを担当する林祐美子さんは、2人の子供の出産を経て、仕事への姿勢が大きく変わった。「仕事も育児も」から「手放す、頼る」へ。ドラマチックなシフトチェンジについて聞いた。
 

初めての企業タイアップで「毎日終電」

新卒で2008年に入社し、数年の劇場営業を経て映画宣伝に携わることになった。映画のヒットには作品そのものの力ももちろん必要だが、効果的に広く作品を周知させ、見たいと思ってもらえる仕掛けが必須だ。林さんは企業タイアップを担当。企業と組んでイベントやキャンペーンの開催、商品開発をし、映画と商品双方の販促を図る。現在も6月20日公開の「マルセル 靴をはいた小さな貝」を担当している。
 
異動当初は初めてのことばかり。「勉強することも多く、一日中会社にいて、毎日終電で帰るような生活でした」。タイアップ先の企業、広告代理店、それに情報露出してもらうメディアと、折衝、交渉相手が多く時間管理がままならない局面もしばしばある。
 
「作品公開が迫れば忙しいし、担当作品の公開時期が重なってしまうこともある。プレゼンの日程や提案を戻す期限がたて込んだり、宣伝に協力してもらう俳優さんのスケジュールが動かせなかったりと、どうしようもない瞬間も出てきます」
 

「後手になったら……」明日に回せずトラブル対応

トラブル対応も待った無し。「予定していた告知がサイトに出ないとか、誤った情報が露出してしまったといったことが分かれば、急いで修正したり謝罪して回ったりしなければならない。退勤後でも電話がかかってくる。翌日でいいこともあるけれど、後手になったらと考えて不安になるより、その場で対応してしまった方が安心で後回しにできなかった」。〝常在戦場〟である。
 
「でも働くのは好きで、楽しかったです」。学生時代にホッケー部に所属、社会人になってからも国体に出場するなど活躍し、体力には自信があった。

「必要とされたい」と出産直前まで勤務

異業種の男性と結婚したのは14年。「夫は8時から17時までという仕事で、毎日深夜まで働く生活は理解できなかったのではないでしょうか」。17年に妊娠が分かった。当時、時代劇大作「関ヶ原」を担当し、自身も力が入っていた。
 
制度上は出産予定日の6週間前から産休を取得できたが、実際に休みに入ったのは4週間前。「上司からは『早く帰れ』と注意されていたけど、体力には自信もあったし、何よりも必要とされたいという思いがありました。つわりがひどい時期もありましたが、妊娠中もありがたいことに体は動いたし、妊娠しているから仕事をセーブしようという感覚は当時なくて、『終わらないと帰れない』と思い込んでいた」
 

「子供がいるからできない」はイヤ

育休も1年取れたが、11カ月で同じ部署に時短勤務で復帰。朝、子供を保育園に預け、夕方には仕事を切り上げて自転車でお迎え、夕飯を食べさせ子供が寝てから、持ち帰った仕事の続きを深夜までというハードな生活となった。
 
「子供と帰宅途中にかかってきた電話に自転車を止めて応対して、そんなに急ぎのことがあるのかとママ友にあきれられたこともありました。自分が電話に出てしまうので、先方もその時間にかけてくる。そのことにも当時は気づいていませんでした」
 
「子供がいるから仕事ができないと思われたくなかったです。一方で、家事も子育ても自分でやるべきだ、できる限り子供のそばにいるべきだと思い込んでいました。どちらも100%やりたかった」

 林さんが担当する「マルセル 靴をはいた小さな貝」の予告編
 

頼るのは悪いことじゃない

精神的にも体力的にも負担が大きく、「このままじゃいけない」と働き方に疑問を持ち始める。大きく意識を変えたのは第2子を産んでから。20年9月に出産した子供に小児がんが見つかり、自身の臓器を移植する大手術を受けた。育休と介護休暇を併用して1年4カ月休職、21年12月にフルタイムで復帰した。
 
「復職の際に、外部との折衝がある持ち場だと時間調整がしにくいし、周囲に迷惑がかかるとしばらくは内勤中心にしてもらいました。ちょうどキャリアを変えたいという思いが芽生えたころでした」
 
コロナ禍で会社の働き方が変わったこともあり、現在は週3日程度の出勤で、会社で残業しても午後8時ぐらいまで。業務がたてこむときは朝晩にパソコンを開くこともあるが、以前とはだいぶ変わった。「仕事をコントロールしやすいこともあって、負担は全然違う」。何より、考え方が変わった。「自分じゃなきゃダメという状況をなるべく作らない。手放す、人に頼る。抱え込むのは結果的に周りにとっても良くない状況を引き起こすし、頼るのは悪いことじゃない」
 

「忙しい」宣言して手を借りる

「映画公開前は『忙しい』と正直に伝えるようにしています。子供を夫や義母に、罪悪感なく頼めるようになりました。あと、昔は休みを取ることにも抵抗感があって、子供の誕生日や旅行を理由に休みを取るのも内心怖かったけれど、今では平気です」。かつての自分を「生きづらかった」と振り返る。「後輩から『林さんみたいになりたいと思わない』と言われたことがあって、今では分かる気がします」
 
女性が働きやすい職場作りには、制度の充実に加え、周囲の理解が不可欠だ。「引き継ぎやすい態勢、仕事の中身をみんなが理解できる仕組みやチーム組成が必要だと思う。状況はそれぞれ違うから、『あの人は妊娠中や子育てしながらでもできたんだから……』ということは通用しない」
 
「部署でも未就学児を育てる子育て世代のメンバーは多いです。情報を共有して一人しか分からないという仕事をなるべく減らし、たとえば誰かの子供が熱を出して職場を離れたら周りがフォローアップできるようにしています」
 

「察してください」は限界がある

そして、働く本人の意識改革も必要だ。「妊娠や子育てはケース・バイ・ケース。本人の体調も異なるし、子どもの状態も違う。どれだけの仕事ができるかは自己申告するしかない部分もあって『言わなくても察してください』では限界がある。きちんと意思表示して、理解してもらえるように働きかけることも含めて、お互いが理解しあおうという姿勢が大切」
 
J:COMの子会社であるアスミック・エースは、規模も大きく企業風土も風通しがいい。「大きい組織だから、割けるリソースも大きい。きっと自分は恵まれていると思う」と言うが、映画界の課題も目のあたりにしている。「仕事か子供か、2択になってしまう業界だと、しんどいと思う。担当作品があったら子供は産めないと思っているという宣伝プロデューサーもいました。どちらかを諦めなければいけない場所にはしたくないと思っています」
 
かつての自分に、そして悩める後輩たちにアドバイスを。「産休、育休の期間に仕事ができなかったり制限されたりする期間があったとしても、産前の自分と比べて気にすることはない。今の自分ができることを、向き合い方をその都度考えて選んでいくことが大事だと思う。これからの時代、子育て世代に関わらず、すべての世代がいろんな働き方ができるようになっていくと思うから」

ライター
勝田友巳

勝田友巳

かつた・ともみ ひとシネマ編集長、毎日新聞学芸部専門記者。1965年生まれ。90年毎日新聞入社。学芸部で映画を担当し、毎日新聞で「シネマの週末」「映画のミカタ」、週刊エコノミストで「アートな時間」などを執筆。

カメラマン
ひとしねま

小出洋平

毎日新聞映像報道センター写真グループ

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