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2022.6.26
Netflixと蜜月 アダム・サンドラーの大ヒット良作「HUSTLE/ハッスル」:オンラインの森
いつの間にか、アダム・サンドラーがNetflix専任俳優のようになっていた。サタデー・ナイト・ライブ出身のコメディー俳優のサンドラーは、本国での人気に比べると、日本ではそこまで興行収入を稼げない(と言われる)スターだった。日本での代表作は、「ウェディング・シンガー」(1998年)、「パンチドランク・ラブ」(2002年)、「50回目のファースト・キス」(04年)あたりだろうか。15年の「ピクセル」を最後に、声優として参加したアニメーション以外は、サンドラーの出演映画は日本の劇場で公開されていない。
NBAの実在チーム コーチ志望の元選手
それもそのはず、サンドラーはNetflixに活動の場を移していたのだ。15年の「リディキュラス・シックス」を皮切りに、サンドラーの主演映画はNetflixでなんと10本というハイペースで配信されている。その10本目となる最新作が6月8日に配信された「HUSTLE/ハッスル」だ。Netflixのプレスリリースによると、6月6日から12日の週でもっとも視聴された(8458万時間)英語の映画だという。
「HUSTLE/ハッスル」でサンドラーが演じるのは、バスケットボールの選手だったが、左手のけがを機にスカウトマンに転向したスタンリー。NBAの実在するチーム、フィラデルフィア76ers(セブンティシクサーズ)の有能なスカウトマンとして世界中を駆け回り、選手のプレーをチェックし、ため息をつきながらリストの名前に線を引いていくつかみから、この作品がいつものサンドラー・コメディーではないことがわかる。
信頼関係で結ばれているオーナーから長年の功績が認められ、スタンリーは念願だったアシスタントコーチに任命される。直後、不幸にもオーナーが急逝し、息子のヴィンスが経営を引き継ぐと、チームは不振に陥ってしまう。スタンリーはヴィンスの思いつきにより、再びスカウトに戻されてしまう。
現役プロのプレーに迫力
スタンリーがスペインのマドリードで発見したのが、建設作業員のシングルファザー、ボー・クルスだ。プロの経験はなく、精神的にも体力的にも未熟なアマチュアだが、ストリートバスケでのプレーぶりから逸材であることは明らかだ。スタンリーは自分の目的(結果を出してアシスタントコーチに戻ること)のために必死になるが、ボーをトレーニングしていくうちにその目的は、ボーにNBA選手になってほしいという純粋なものへと変化する。そのトレーニングシーンでは、ボーがフード付きのグレーのパーカを着ていることからわかるように、同じフィラデルフィアを舞台にしている「ロッキー」へのオマージュがささげられており、映画ファンは思わずニヤリとするはずだ。
ボーを演じているのは、現在NBAのユタ・ジャズに所属するフアンチョ・エルナンゴメス。他にも多数のNBAプレーヤーが出演している本作において、バスケシーンが大きな魅力であることは間違いない。プロの選手がプレーをしているのでカットを細かく割ってごまかす必要がなく、ワンショットの中にミラクルなプレーが当たり前のように映っている。このキャスティングとクオリティーが実現したのは、NBAプレーヤーのレブロン・ジェームズが製作に入っているからだろう。
夢目指す師弟に胸熱
映画ファンやバスケファンではない、ライトな視聴者にも本作はフィットする。国も年齢も立場も違う2人の男が師弟関係で結ばれて、希望が見えたと思ったら組織に裏切られ、はい上がったところでまた新たな壁が立ちふさがり、それぞれの人生を切り開いていく。結果はさておき、スタンリーからボーへの「お前への指導が人生最良の時だった」というせりふに、胸に熱いものがこみ上げる。
アダム・サンドラーは本作で、いつものコメディー演技を封印した。「アンカット・ダイヤモンド」(19年)のようなアクもない。一歩引いた存在感で、有能だが組織に振り回されるキャラクターにリアリティーを与え、共感を呼ぶ。サンドラーのファンにとっては物足りないかもしれないが、彼のコメディー演技に苦手意識を持っている人にぜひ見てもらいたい、大ヒットに納得の良作だ。そしてサンドラーはすでに、Netflixで19年にもっとも視聴された「マーダー・ミステリー」の続編「マーダー・ミステリー2」のポストプロダクションに入っている様子。アダム・サンドラーとNetflixの蜜月は続く。
Netflixにて独占配信中。