「1000人の子供を持つ男」より

「1000人の子供を持つ男」より

2024.7.15

精子提供で人気YouTuberが1000人の子供の父親に!! 精子提供の闇やいびつさを映したドキュメンタリー「1000人の子供を持つ男」:オンラインの森

いつでもどこでも映画が見られる動画配信サービス。便利だけれど、あまりにも作品数が多すぎて、どれを見たらいいか迷うばかり。目利きの映画ライターが、実り豊かな森の中からお薦めの作品を選びます。案内人は、須永貴子、大野友嘉子、梅山富美子の3人に加え、各ジャンルの精鋭たちが不定期で寄稿します。

筆者:

村山章

村山章

2011年のカナダ映画「人生、ブラボー!」は、若い頃に謝礼目当てに精子提供をした主人公が、手違いがあって知らない間に533人の子供の父親になっていた、というコメディーだ。13年にはビンス・ボーン主演で「人生、サイコー!」というハリウッドリメークも作られている。もちろんこれはフィクションだが、実は現実の方がさらに上をいっている。

16年にはサイモン・ワトソンというイギリス人男性が、無認可の精子提供者として800人以上の子供の父親であることが報道された。同じ年にアメリカで重罪判決を受けたドナルド・クラインという医師は、ドナーの精子だと偽って自らの精子を提供し、100人以上の子供を作ったと言われている(この事件は一昨年のNetflixのドキュメンタリー「我々の父親」でも描かれた)。
 

常人には計り知れない欲望が浮かび上がる

Netflixのミニシリーズ「1000人の子供を持つ男」もまた、不妊に悩む夫婦やLGBTなど性的少数者のカップル、子供を持ちたい独身女性の精子提供者となったオランダ人男性にまつわるドキュメンタリー。人気YouTuberとして世界を飛び回るヨナサン・ヤコブ・マイヤーという男が、世界各国の複数の精子バンクに登録しただけでなく、SNSを使って個人的にも精子を提供し、本人が認めているだけで550人、ドキュメンタリー内で語られているところによれば、世界中で1000人とも3000人とも推測させる数の子供がいるというのだ。

マイヤーは「子供がほしい人たちを助けただけだ」と主張しているが、ドナーになれる回数は各国ごとに制限されているだけでなく、常人には計り知れない欲望の持ち主というほかない。
 
金髪碧眼(へきがん)の白人男性、という自らの属性を、マイヤーは商品として最大限に活用した。巧みな話術、おおらかな陽気さ、そして女性受けするから伸ばしたというカールした長い髪に、大勢の母親志願者たちがひき込まれた。マイヤーは「精子を提供するのは5人だけと決めている」と大うそをついてまわっていたという。

ドキュメンタリー作品としては、いささか定型通りすぎるという印象はある。というのも、Netflixがドキュメンタリーを人気コンテンツのひとつとしてとらえ、より多くの人にその魅力を伝えたことは間違いないのだが、その結果、「Netflix的ドキュメンタリーの作り方」と呼びたくなるある種のパターンができてしまった。
 
当事者のインタビューと再現ドラマを織り交ぜる編集のスタイル、ジャンル映画っぽい音楽の入れ方と外し方、次の展開に興味を誘う間の取り方などなど。視聴者をひきつけるメソッドを追求したことで、判で押したように似たスタイルのドキュメンタリー作品が並ぶようになった。

「1000人の子供を持つ男」も、そんな系譜のひとつだと思うのだが、それでもなお、というべきか、まんまと作り手の思うツボに、というべきか、次第に明かされていくマイヤーの正体と、いびつな真意、そして判明する巨大ビジネスの存在……と、こちらの想像を超えてくるいびつさに目が離せなくなる。
 
唖然(あぜん)、呆然(ぼうぜん)、悄然(しょうぜん)。そして現在も進行形の大問題が「自己中心的な居直り」によって生まれてしまっていることに、「ああ、アイツもコイツも野放しになっているよなあ」と、昨今の世相とのリンクすら感じてしまうのだ。
 
「1000人の子供を持つ男」はNetflixで独占配信中

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