「白日青春 生きてこそ」のアンソニー・ウォン=田辺麻衣子撮影

「白日青春 生きてこそ」のアンソニー・ウォン=田辺麻衣子撮影

2024.2.12

「気に入ってなかった」映画で主演男優賞 アンソニー・ウォン 貫禄の目力とユーモアの効用「白日青春 生きてこそ」

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鈴木隆

鈴木隆

香港映画黄金時代を支えた大スター、アンソニー・ウォン。「ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌」(1992年)、「ビースト・コップス 野獣刑警」(98年)、「インファナル・アフェア」シリーズ(2002~03年)などなど、代表作は数知れず。ラウ・コックルイ監督の長編デビュー作「白日青春 生きてこそ」で主演して貫禄を見せ、映画賞も受賞。ところが「作品が気に入って出演したわけではない」と予想外の一言。その真意はどこに?


 

移民少年を助けるタクシー運転手

「白日青春」では、難民申請中のパキスタン人少年の逃亡を助ける、孤独なタクシー運転手バクヤッを演じた。しかし「正直に言うと、脚本で気に入ったところがあったわけではない」と、冒頭から驚きの発言。

「脚本を読んで出演を決めるやり方もあるが、(この作品は)そうではない。『淪落の人』(18年)でも仕事をした、信頼できる製作会社の作品だった。タイミングもよかった」とお世辞や杓子(しゃくし)定規なもの言いはなくストレート。「役柄については脚本にすべて描かれていて、理解や把握に問題はなかった。ロジカルな部分で少し問題はあったが手を入れれば映画化は可能と感じた」


「白日青春 生きてこそ」© 2022 PETRA Films Pte Ltd


理屈っぽい 不眠症の人は好きかも

ラウ監督は中華系4世のマレーシア人。「父の愛を渇望する息子と、息子を理解しようともがく父親の物語」として移民問題や親子関係など現代的なテーマをちりばめて描いたが、ウォンはそうしたことには一切触れない。

「何が僕をひきつけるかというより、何が僕をひきつけないか、と言った方が分かりやすいかもしれない。理屈っぽい話は退屈で興味はない。説明的な話に興味はないということだ。この映画は物語で理屈を語っている」。皮肉を交えて続ける。「宗教的とか伝道師のような話が好きな人もいる。不眠症の人は好きかもしれない」


俳優に任せっぱなしは良くない

ラウ監督とはどんな話をしたのだろうか。「香港の下層階級の言葉遣いをあまり知らなかったのでアドバイスした。料理を作るのは監督だが、もう少し味付けしたほうがいいと思えばそれを伝える。初日に演技で1回だけ意見の違いがあったが、話して解決。それ以外は私の演技について何も言わなかった」

大ベテランの俳優と長編デビューの監督、関係性は微妙だったようだ。「〝お任せ〟は自由に演じることはできるが、決して健康的なやり方ではない。役を通して何を表現したいか、監督とのコミュニケーションは必要。監督が言わない時は、役者が聞きに行く。任されっぱなしは良くない」。実際、撮影中何度も「何を表現したいか、(動きが)早いか遅いかとか聞いた」。

ただ、難民の家族やその周囲の人など「登場する南アジアの人たちは元々好き。明るくて考え方も素直だ」と撮影を楽しんだようだ。


台湾金馬奨で男優賞

こんな舞台裏もものかは、ウォンは今作の演技で第59回台湾金馬奨最優秀主演男優賞を受賞した。演技の懐の深さは一流だ。「賞を取ることは、お金を入れたら出てくるガチャガチャに似ている。何が出てくるか、誰が受賞するか、出てくるまで分からない。ガチャガチャはお金を入れたら何かは出るが、役者は一生懸命に演じても受賞しないことはたくさんある。受賞したらうれしいが、喜びは1週間も持続しない。正月みたいなものですかね」

バクヤッは行動ももの言いもクスッとさせるおかしみがある。人間味にあふれたキャラクターだ。「ユーモアは演技の一つの要素。俳優として持たないとダメ。ユーモアのない役者の演技は退屈になる。北野武監督の作品などすごくユーモアがある」。その必要性を明快に話す。「この役が評価されたのも、ユーモアがあったからかも」

若い頃からそうした意識が根付いていたのだろうか。「ユーモアは人によって中身も異なる。僕自身は生まれつきのものでもあり、役者として理解して心得たのはずっと後になってからだ」。経験を積みつつ、演技の本を繰り返し読み勉強したという。ユーモアがあると映画はどう変化するのか聞いてみた。「当たり前のことだが、役の人物がとても生き生きとして魅力的になる。映画全体も良くなる」。でも、簡単ではなく難しいことではと念押しすると、即座に「もちろん」と答えが返ってきた。


年齢重ね「ジジイの役」

一方で、バクヤッは全編を通じて後悔の念にさいなまれる。距離を埋められない息子との関係、少年の父親を奪うことになった行動への思いが、キャラクターの中心にある。どうとらえて演じていたのか。「後悔のない人生はおそらくない。それがあるからこそ人間は学ぶ。完璧な人生なんて退屈そのものだ。天国で天使に囲まれて歌って踊るって幸せだろうか」

これまでさまざまな作品に出演しているが、やはり記憶に強く残っているイメージはアクション映画である。「人間だから年もとるし好き嫌いも変わってくる。今の私にアクションは無理。できるのはこうした役です」と本音を言いつつ、「昨晩はアクション映画に出演している夢は見たけど。夢だからね」と頰をゆるめた。

「役に人生の深みがにじみ出ていた」と筆者が伝えると、「喜んでいいのか? 老いぼれのみすぼらしいジジイですよ。ピッタリですか」と半分笑いながら声を張り上げた。「年齢的に今ぐらいの年にならないと、老いぼれの姿はなかなか見せることができない」と話しながらも、相変わらず目力は圧倒的に強いのだった。

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ライター
鈴木隆

鈴木隆

すずき・たかし 元毎日新聞記者。1957年神奈川県生まれ。書店勤務、雑誌記者、経済紙記者を経て毎日新聞入社。千葉支局、中部本社経済部などの後、学芸部で映画を担当。著書に俳優、原田美枝子さんの聞き書き「俳優 原田美枝子ー映画に生きて生かされて」。

カメラマン
田辺麻衣子

田辺麻衣子

たなべ・まいこ 2001年九州産業大学芸術学部写真学科卒業後スタジオカメラマンとして勤務。04年に独立し、06年猫のいるフォトサロンPINK BUTTERFLYを立ち上げる。企業、個人などさまざまな撮影を行いながら縁をつなぐことをモットーに活動中。

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