「ビニールハウス」のイ・ソルヒ監督=提供写真

「ビニールハウス」のイ・ソルヒ監督=提供写真

2024.3.18

「女性だから描けた」男性社会の息苦しさ過激に 賛否両論「ビニールハウス」イ・ソルヒ監督

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大野友嘉子

大野友嘉子

「不幸のポルノ」――。キム・ソヒョン主演の韓国映画「ビニールハウス」が本国で公開されると、イ・ソルヒ監督の元には賛否両論の声が届いた。その一つが冒頭の言葉だった。「自分のことであると直感したからかもしれません」。日本での公開を控えたイ監督はそう語った。


住環境でキャラクター表す韓流の妙

キム・スヒョン演じるムンジョンは、本来は農作業で使われるビニールハウスで暮らしている。日中は盲目の老人テガンと、認知症の妻ファオクの訪問介護士をしている。母親も認知症で施設にいる。ムンジョンの希望は、少年院にいる息子と暮らすことだ。息子の出所を目前に控えるなか、介護中にファオクを死なせてしまう。警察沙汰になったら、息子と暮らせなくなるかもしれない。そう考えたムンジョンは、奇策に出る。母親にファオクとしてテガンと生活させたのだ。そして、事態は思わぬ方向に転がっていく。
 
韓流ファンなら、韓国ドラマや映画が登場人物たちの住まいを丹念に描いていることをご存じのはず。財閥一家なら広い敷地にいくつもの豪奢(ごうしゃ)な建物があり、両親、きょうだいたちがそれぞれで生活している。逆に、それほど収入が多くない若者であれば「オクタッパン」と呼ばれる屋上の部屋で暮らしているし、もっと生活に困っている様子であれば半地下。要は、住んでいる家や場所によってそれぞれのキャラクターたちの立場を巧みに描写しているのだ。

ポン・ジュノ監督の映画「パラサイト 半地下の家族」(2019年)や20年に配信スタートしたドラマ「ペントハウス」は、これまでディテールとして描かれてきた住居環境を前面に押し出した作品である。「パラサイト」の世界的ヒットで韓国の住居環境に関心が寄せられるようになったが、さすがにビニールハウスを知る人は少なかったのではないか。本作の日本での宣伝文句は「半地下はまだマシ」。事業に失敗し、仕事にあぶれた一家よりも、さらに困窮する人が住んでいるのだという。


「ビニールハウス」© 2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

特異な設定ではない 文化の一つ

イ監督は、住居としてのビニールハウスについて「住居形態の文化の一つ」と表現した。イ監督の親戚にもビニールハウスで暮らす人たちがいたといい、「もともと農業を営む田舎の人たちが寝泊まりしていて、ソウル近郊にもそうした人たちがいます。幼い頃にそういう人たちをよく見ていたので、(主人公がビニールハウスに住んでいるという)設定自体はそれほど特異なものではありません。貧しいからそこに住んでいるというのもありますが、文化の一つでもあるんです」と説明した。

ビニールハウスでの生活が身近だったイ監督。本作で、ビニールハウスで何を表現したかったのか。「(ハウスは)中が見えるけれど、よくは見えないビニールを利用しています。ムンジョンの人生も、はっきりと見えるようで見えていません。その過酷さ故に犯罪に関わってしまうわけです」

最愛の息子と生活するためにムンジョンは懸命に働き、引っ越し費用を貯金する。たった一つのささやかな目標に向かってひたむきだ。しかし、ファオクを死なせてしまうという想定外の出来事をきっかけに、狂った歯車のようにあらぬ方向に暴走する。素朴で善良なムンジョンの視界は、半透明で恐ろしく不安定だ。


女性を取り巻くむごい環境

ムンジョンをはじめ、本作に登場する女性たちを取り巻く環境はむごい。ムンジョンがメンタルセラピーで知り合ったスンナム(アン・ソヨ)は同居する男性から虐待を受けているし、ムンジョンの母親は死んだファオクの身代わりをさせられる。「女性の観客から『なぜ女性はいつも弱い(キャラクターな)の?』と指摘をもらいました。中には、怒っている人もいました」とイ監督。こうした女性キャラクターの描写の背景には、女性として生きづらさを感じてきたことがあるという。

「韓国で女性に生まれると、不可能だと感じることが多々あります。男性と比べて、チャンスを得ること自体が難しい。昔と比べて今はフェミニズム文化が台頭していますが、それでも女性は結婚して子どもを産み、家庭に入るという認識が根底に残っています」

日常的に感じている不平等感を抑圧されながら生きる彼女たちに投影した。例えば、ムンジョンが母親、ファオクを介護するという設定は、自身の母が祖母を介護していたことから着想を得ている。


不快なのは自分のことだからでは

冒頭の「不幸のポルノ」という言葉のように、女性の観客から批判的な感想をもらうことが少なからずあったという。「男性が監督だったらこのような女性の描き方は難しかったのではないでしょうか。男性が女性キャラクターを劇的にしたら、それこそ反感を買うでしょうから、慎重にならざるを得ないと思います。その分、女性である私は自由に描けました」。イ監督は、女性監督ならではの強みを生かしたという。そして、こう語った。

「好き嫌いが分かれた作品でした。不快な思いをさせたことは申し訳ないと思っていますが、不快だと感じたのは(映画の内容が)自分のことであると直感したからかもしれません」
 
確かに、それぞれの女性たちの置かれた状況は「劇的」だ。家がビニールハウスだったり、虐待を受けていたり、他人の妻になりすましたり……。しかし、決して対岸の火事ではないと多くの女性たちが気づいたはずだ。現代の女性の経済的、社会的な立ち位置を考えれば、ひとごとではないのだから。

本作は思いのほか生々しく、リアルである。ムンジョンのビニールハウスの中を私たちがのぞく瞬間、それが端的に表れるように感じた。「パラサイト」の半地下のような乱雑で狭く、薄暗い部屋を想像していたら、見事に裏切られた。長年にわたり大切に使っていたと思われるタンスなどの家具が整然と置かれ、開放感のある思いのほか高い天井。そこには、貧しいながらも人間味のあるぬくもりが息づいていた。ムンジョンが、私たちとそう違わない平凡な女性であるということを思い知らされる画(え)だ。韓国エンタメの住宅描写の妙である。

ライター
大野友嘉子

大野友嘉子

おおの・ゆかこ 毎日新聞くらし科学環境部記者。2009年に入社し、津支局や中部報道センターなどを経て現職。へそ曲がりな性格だと言われるが、「愛の不時着」とBTSにハマる。尊敬する人は太田光とキング牧師。ツイッター(@yukako_ohno)でたまにつぶやいている。
 

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