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2023.4.17
「男性中心の映画製作は批判の的」変化進むドイツ映画界 「ドイツ映画祭」プログラマーに聞く
「ドイツ映画祭 HORIZONTE 2023」(4月20~23日)のテーマは、「道を拓(ひら)く女たち」。企画、プログラミングを担当したウルリケ・クラウトハイムさんは「この10年ほど、ドイツ映画界でも女性監督が目立つようになった」と話す。映画祭も上映作7本のうち女性監督の作品が4本、女性主人公や女性問題にフォーカスした作品が目立つ。ドイツ映画界における女性進出の現状などを聞いた。
今までと異なる女性像の作品選ぶ
オープニング作品「フェモクラシー 不屈の女たち」は、旧西ドイツにおける女性議員の戦後から現在までの歩みを追ったドキュメンタリー。男性議員や世間の激しい攻撃を受けた女性議員のパイオニアたちをクローズアップした。
「女性の政治参加は、ドイツでも少し前まで厳しかった。しかし、映画に登場する女性議員らは、タフさと、やるべきことをやるという決意で政治参加をつかみ取ってきた。私たちのために道を開いてくれたし、社会が変わっていくことにつながった。何より、彼女らには苦しかったといった悲壮感がなく、活力がみなぎっていて、しかもひとりひとりが魅力的だ」
そうした傾向は、ほかの作品にも通底するという。ウルリケさんは「今までと異なる女性像を描いた作品に焦点を当てた」と話す。これまで映画であまり描いてこなかった女性たちを主役に据え、今を生きる女性像を提示した作品が目立つ。
「フェモクラシー 不屈の女たち」©Majestic Annette Ettges BROADVIEWPICTURES
半々まではまだ達せず
ドイツの映画界は、変化が進んでいるのだろうか。ウルリケさんは「ドイツ映画全体で、女性監督の作品は3分の1ぐらいになる。日本よりは多いと思うが、半分程度が望ましい」と期待する。
「ベルリン国際映画祭は何年か前に、2020年までに審査員とプログラムを作る人の比率を男女半々にすると決めて実行した。映画祭で働くスタッフではまだ半々にはなっていないが、近づいているのは確かだ」
ドイツの映画界はとっくに動き出しているのだ。「製作会社の中には多様性を重視し、実際の社会を反映した作品を作る、と宣言しているところもある。今時、男性ばかりで製作する作品を打ち出したらすぐに批判されるだろう」
日本にはロールモデルがいない
こうした動きはいつから顕著になったのか。「10年くらい前から、女性がテーマや題材となった作品は増えてきているようだ。女性監督が立ちあげたネットワークが、男女比を半々にしようと呼びかけ、メディアも取り上げた」
日本については「女性の政治参加や男女平等の推進団体はたくさんあって懸命に活動しているようだし、政府も声高に唱えているが、メディア、特にテレビなどで取り上げられない」と感じている。「政治でも社会でも映画でも、ロールモデルがないと、どうしていいかわかりにくいのではないか」と指摘した。
「クルナス母さんVSアメリカ大統領」©Pandora Film・ Andreas Hoefer
今のドイツを見てほしい
「ドイツ映画祭2023」は、ベルリン国際映画祭などで高い評価を受けた作品のほか、2021、22年にドイツで製作、公開された秀作7本を上映する。ドイツの公的文化機関、ゲーテ・インスティトゥートが主催し、隔年で開催。ウルリケさんがこの映画祭の作品選定にかかわるのは3回目だ。「日本に入ってくるドイツ映画は第三帝国やヒトラーを扱った歴史ものがほとんど。それはそれでいいが、現代のドイツを描いた映画が極端に少ない。今のドイツの姿、ドイツ人を見てほしいという強い思いがあり、多様性というテーマから作品選びに入った」
「クルナス母さんVS.アメリカ大統領」は、アメリカ軍のグアンタナモ収容所に訴訟も裁判もないまま収容されたドイツ生まれのトルコ人の青年の母が、解放のために人権派弁護士と苦闘するさまを描いた。ベルリン国際映画祭で脚本賞と主演俳優賞を受賞した、シリアスだがユーモアも併せ持つ作品。母役のメルテム・カプタンについて「人間性にあふれたおばちゃんで、リアル感が強い。憧れを抱くより隣に住んでいるような女性を演じ切った」。
「あしたの空模様」©Grandfilm
イラン系の介護職、人生の課題に直面する研究者
「私はニコ」では、介護の仕事をしているイラン系ドイツ人のニコが人種差別的理由で襲われる。明るさを失い周囲と距離を置くようになったニコが、危機から抜け出す過程を力強く映し出す。
「意識的にいろんな年代や体形の人を出したり、介護されるおばあちゃんがセックスや恋愛の話をしたりする。ニコを含め性的マイノリティーかどうかなど、今の世界では問題にされないという視点も時代性があると感じた。2作とも移民の問題を扱いながらも、ユーモラスでもあった」
「あしたの空模様」は旧東ドイツの田舎から出てきて、ベルリンで研究者としてキャリアを積むアラフォー女性のクララが主人公だ。エリート層に属し、10代の娘とは週末だけ過ごすなど自由な生き方と理想を求めている。クララが、解消されない東西格差、都市と地方、故郷とのつながりや家族とキャリアなどの課題に直面し葛藤する物語。
「若い世代の生き方やライフスタイルが反映されている。今風の女性像という見方ができるが、男女の関係性も既存の描き方にとらわれないなど、自分らしく生きようとする強さを感じる」
日本人にもっと身近に
「ドイツ映画祭2023」をどう楽しむか。今年の7本について改めて聞くと「いかにもドイツらしいものはないし、ドイツ的ではないと感じるかもしれません」と率直に話した。前回に比べても、従来のドイツ映画のイメージは薄いという。
ウルリケさんは「映画でリアルな女性を見たいという思いもある。女性は一つの切り口ではあるが、ドイツ映画のこれまでのイメージを取り払って、日本人がもっと身近に感じることができるラインアップにしたつもりだし、新しい世代の作品も楽しんでほしい。ドイツ映画が大きく変わってきていることを日本の皆さんに感じていただきたい」
「ドイツ映画祭2023」は4月20~23日、東京・渋谷のユーロライブ。紹介した4本のほか「バッハマン先生の教室」(第71回ベルリン国際映画祭銀熊賞&観客賞)▽「焦燥の夏」(サスキア・ローゼンダールが第74回ロカルノ映画祭最優秀女優賞)▽「ディア・トーマス 東西ドイツの狭間で」(22年ドイツ映画賞で9部門受賞)も上映。ゲストの登壇、オンラインQ&Aも予定している。
ドイツ映画祭 HOROZONTE 2023のホームページはこちらから。
■ウルリケ・クラウトハイムさん
ゲーテ・インスティトゥート東京・文化部企画コーディネーター。ライプチヒ音楽・演劇大学でドラマツルギーを専攻。ライプチヒの劇場勤務後、1年半、テュービンゲン大学と同志社大学で日本語を学ぶ。愛知万博、東京コンサーツを経て、フェスティバル/トーキョーで国際プロジェクトの制作を担当。13年よりフリーランスでメディアアート、映像、舞台芸術などさまざまな分野のプロジェクトを手がけ、フェスティバル/トーキョー2014の映像特集「痛いところを突く――クリストフ・シュリンゲンジーフの社会的総合芸術」をキュレーション。16年よりゲーテ・インスティトゥート東京で映画・美術の企画を担当する。手がけたイベントに、日本・ドイツ映画の転換期を扱った「1968年――転換のとき:抵抗のアクチュアリティについて」(18年)、「亡命中――ゲーテ・インスティトゥート・ダマスカス@東京」(18~19年)、「ドイツ映画祭Horizonte」(19、21年)など。